2004.10.29

「牛の気持ちになって人生を語るゲームをしようよ!」…って夢を見た。実際、何人かでそのゲームをやっていた。食用として飼育される以外に、もう1つ代表的な牛の生き方が夢の中にはあって、私を含めた数人でどちらの生き方がシアワセか喧々諤々やっているのだ。ハッキリ覚えているのは、男のコが「セックスが自由にできないからイヤ」だと言っていて、女のコが「いくら優秀な種牛でも、他人の決めた相手の種をつけられるのはゴメンだ」と言っていたコト。2人ともそれぞれ別の牛の生き方を指してそう言っていた気がするんだけど……もう1つの牛の生き方って何だったっけ。夢の中では自明だったんだけどな。他にももっともっといろいろ、人生の深遠(牛の?)まで話してた気がするんだけど、起きたら全然覚えてなくて残念。やたら盛り上がって「面白かったからまたやろうね!」って言い合ってたのは覚えてる。――妙な夢を見るたび、夢判断をしてくれる友人が欲しくなります。なぜ牛?

さて。映画『モンスター』を観てきた。キツそうだなーとは思ったけど、主演のシャーリーズ・セロンの演技が見たかったので。あんなにキレイな人がああなっちゃうとは信じられなかったのだ。ホント、別人。別人にしか見えないから、映画を見てる最中も演技に感心するどころでなくて、ひたすらキツかった。見終わったあとに「なにあの女〜。てめぇが働けよって感じ〜」(セルビーのことね)って言ってるコがいたけど、私も同感。「あなたのために家を出たの。だから私を守ってね」って……、あまりに、あまりに子供すぎる。リーが「世間を見ようとしない」と言っていたけど、ホントにそんな感じ。でもだからこそ、2人がお互いを求めたのかしら。

なんつか、愚かしく、必死で、悲しい。

2004.10.28

昨日の補足。曽野綾子『魂の自由人』の中の『遠慮深い姑』という章は、こんな感じだ。――「年寄り夫婦とその息子夫婦が二世帯住宅で暮らしている。お姑さんに自炊できる体力がなくなったので、料理はお嫁さんに作ってもらっている。ところが狂牛病騒ぎでお嫁さんがメニューから牛肉を外してしまった。お姑さんはお肉が食べたくて仕方ないのに、それを言い出せない」という状況。たしかに老夫婦が「10年後に発症してもその頃には死んでるし」と思っても、若夫婦の子供が食べられないものを作ってくれ、とは頼みづらいだろう。それなら、外食をすればいいのに、そのお姑さんはお嫁さんの気分を害するではないかと思って、外食もできない。――

「そんなコトを言ったら、彼女の作る料理に不満があると思われるのじゃないか」、「“食費をチョロまかしているから、牛肉をメニューに入れられないと思ってるんじゃないか”と嫁が考えるんじゃないか」と気をまわしすぎるのだ、と書いたあとに、曽野さんはこう続ける。「この姑は確かに誰にせよ、自分が相対している相手の幸福を希っている。しかしそれは自分の理論で推測しているだけだ。」

私も同じようなコトを何度も書いてる気がする。なんで聞かないんだろう、言わないんだろう、と思うシチュエーションが、世の中には多すぎる。ちょっと「これ、イヤ?」と聞けばいいのに。「それ、不愉快だからやめて」と言えばいいのに、と思う。聞いてほしい、言ってほしい、と願う。

人間はみんな、それぞれのルールで生きている。同じコトを言われて、笑い飛ばせる人と、深く傷ついてしまう人がいる。怒り狂う人がいて、まったく気がつかない人がいる。しかし、傷ついてしまう人や怒り狂う人に合わせて、そうゆう反応を想定して、口をつぐんでしまうのは大きな不幸だ。ひょっとすると相手はその言葉に深く感動するかもしれないのに。すごく楽しんでくれるかもしれないのに。

けど、言えないってのも分かる。「それは差別だ」とか、「不愉快だからやめて」とか面と向かって口にしたら、「そんなつもりはなかったのに、ヒドい!」と怒ったり傷ついたりしてしまう人も多いからだ。だから、せめて私と関わったコトのある人には、私が「言ってほしい」と思っているコトを知ってほしい。私が人を傷つける意図で言葉を発するコトは稀だ。が、私は口が悪いし、私の周囲も口が悪いので、その気もなしに人を傷つけてしまってはいると思う。悪気がないからいいでしょ、という意味じゃない。ただ、私のコトを少しでも好きなら、私との関係を続けていきたいという意思があるのなら、何に傷つくのか、何が気に障るのかを、ちゃんと伝えて欲しいと思う。私にだって学習能力は備わっているのだ。

何とかの深情けってヤツで、私はしつこい。執念深い。今まで一度は仲良かった人たちとの関係を何度もダメにしてしまったけど、どの人に対しても未練がある。お互いがもうちょっと変われたら、状況がもうちょっと変わったら、また仲良くなれる気がするのだ。イヤだと言えなかった人がイヤだと言えるようになったら、受け入れられなかった状況を受け入れられるようになったら、気になっていたコトをたいしたコトないじゃんと思えるようになったら……。ほんの些細なコトで世界は変わる。そうなれたらイイな、と思って生きている。

2004.10.27

曽野綾子『魂の自由人』読了。この人の本を読むのは初めてで、題名がちょっと恥ずかしかったけど、面白かった。もちろん賛成できない考え方や、好きでない言い回しはある。他人だものね。だけど「まったくだ!」と思える部分も多くて、馴染む。

エッセイを読むのが好きだ。だけど、読んでてすんごく気持ちよくて「その通りだよー。こうゆうコトが言いたかったんだけど、上手く言い表せなかったんだー。よく書いてくれました!」や、「うっひゃー、こうゆう考え方もアリか! スゴイなあ。目から鱗だわ」な、好き好き大好きなエッセイは、ほんの僅かである。反対に「ムカつく! 何考えてるのよこの人! 最っ低っ!」ってのに当たるコトも、そんなに多くない(これは、誰かの書評で興味を持って読むことが多いから、かも)。「くだらないなー。けっ」って感想は、ときどき持つ。一番多いのは、「共感できる部分も多いけど、賛成できない考えもある。もう読まなくてイイや」と、「賛成できない考えもあるけど、共感できる部分も多い。もう少し読もうかな」って感想である。

今回のは最後の感想になるんだけど、読んでいる間、最後に挙げた2つのボーダーラインってどこにあるんだろう、とぼんやり考えていた。どこにあるにしろ、極めて曖昧なものだと思う。こちらの精神状態によってもふらふら動くラインでもある。曖昧で動くくせに、けっこう根本的に違う気もして、面白い。この本の中では『遠慮深い姑』の章や、繰り返し述べられる「今の日本において強制されるコトはほぼない、ほとんどの現状は本人が選んだ結果である」という主張が、私が常々思っているコトと合ってて気持ちよかった。

ところで私は図書館でよく本を借りる。本を借りると貸出票が渡される。借りた本のリストと、その返却期限が書いてある紙っきれだ。私はそれを栞代わりに本に挟んでおいて、挟んだまま返却してしまうコトも多い。別に個人情報が書いてあるワケではないので、つい取るのを忘れてしまうのだ。同じような人がたくさんいるらしく、図書館から借りた本にはよく他人の貸出票が挟まったままになっている。実を言うと、私はそれをちょっと楽しみにしている。―――しゅ、趣味わるいかしら。その本を読んだ人が、他にどんな本を読んでるのかっての、けっこう興味深くないですか?

曽野さんの本にも伝票が2枚挟まっていた。両方とも、「いかに美しく生きるべきか」系の本の題名が並んでいて、ちと笑った。ちなみに私がこの本と一緒に借りたのは、メグ・キャボット『プリンセス・ダイアリー』と内田樹『映画の構造分析』と山口雅也『キッド・ピストルズの冒涜』とサンドラ・ブラウン『私でない私』。残念ながら、誰かの読書の指標にはなりそうもない。

2004.10.25

災害続き。興奮しすぎて、浮かれてるようにしか見えないレポーターにイヤ〜な気分になる。災害報道の常だけど、慣れられない。弱ってる人に追い打ちかけるのだけは止めようよ…。

土曜日の段階では、こんなにヒドいと思わなかった。東京でも変な揺れは感じたけど、こないだ同じような揺れがあったときは、震源地でもそんなに被害がなかったから。先日の台風で避難した人たちにお握りが配られている映像をTVで見て、友達と「外国だと何を配るんだろう…」「ハンバーガー?」「サンドイッチ?」「…日本にはお握りがあってよかったよねえ」「パンじゃ力が出ないよね」と話したばっかりなのに、今回の被災地の映像ではパンしか映っていなくって、あれで元気を出せって言っても無理な話だよなあ、と思う。パン業界の皆さまには申し訳ありませんが。

いろいろと願うばかりで言葉にならず。

*-------*

アイラ・レヴィンの『ローズマリーの息子』読了。読ませる。ぐいぐい引き込まれ一気に読んだ――んだけど、ローズマリーが信じたいものにすぐに飛びついちゃうのが、『〜赤ちゃん』に引き続き、気になるなあ。何かを疑っていても、「それはこれこれこうゆうワケがあるんだよ」と説明されるとすぐ「まあ! そうだったの! 疑うなんて、バカね、私」となっちゃう感じ。あんまり信じやすいので、ひょっとして信じてるフリしてるだけなんじゃないか、とこっちが勘ぐってしまう。眉をひそめてドアを閉じた辺りでは、さすがにちょっとは用心深くなったのかと思ったのに。

しかしさー、悪魔が自分で人間世界に顕現できるのだったら、息子の存在意義はどこにあるのかね? 自分で全部やりゃーイイじゃん。チャームを振りまくぐらい、お手のものだろうし。それに、あれだけ年月をかけた悪魔の目的が人類の滅亡ってのは納得いかない。滅ぼして「はい無くなった終わり!」で片付けられる存在にかまけていられるほど、悪魔が暇だとは思えないもの。あとナゼに悪魔親子はローズマリーにこだわるのかしら? 特別な神聖性があるワケじゃない……よね? まあラストがアレだから彼女が厚遇(?)されるのは当然なのかも知らんが

2004.10.22

ムカつき日記が続きますが、ムカつく元気があるってコトなのでご心配なく。

上映終了ギリギリになって、『華氏911』を見てきた。どうしようかなー、と迷っているうちに終わりかけていたのだ。危ない危ない。ずるずる迷って先延ばしにしていたのは、「見たいは見たいんだけど、でもあの顔を見続けるコトに耐えられるだろうか…。ああ、見たくない。きっと新しい知識は得られないし。ムカつくだけだろうし。興味はある。見たい。けど見たくない」とぐるぐるしていたからである。結果、行ってよかった。ホントにムカついて酸欠になるくらいで、あんな凶悪な顔つきで映画館を出たコトはなかったけど、でも見てよかった。

ほとんど知っているコトばかりだし、見たからといって考えがまとまったり整理されるワケではないんだけど(だーーっと駆け足で流す感じだから)、アメリカ人を撮った映像があったから、見てよかったと思った。息子を失った母親の心境の変化から、「敵を殺すと興奮する」という兵士まで、みんな見てよかったと思った。軍隊に入るのは貧しい家の子供が多い、と知識としては知っていたけど、荒廃した町を映像で見せられるとやはり違う。その上にあぐらをかいて、命をもてあそんでいる人たちがいるかと思うと吐き気がする。あの顔を見て、愛嬌がある、なんて思えない。

たしかに今は非常事態だ。ゾっとする。

11/27追記:そういえば小泉総理が映ってるコマ、予告編か何かで見たような気がするんだけど…。あれ? まさか日本公開版からカットされてるワケじゃないよなあ?

2004.10.21

ホラー系マンガ雑誌のネムキ(『眠れぬ夜の奇妙な話』)を、妹がときどき買ってくるので、そのたびに私も読んでいるんだけど、その中に妙に癇にさわるマンガがある。『ぽくぽく』って4コママンガだ。別に敵を作るような内容ではない。作品紹介に“毎日の中に隠れてるちょっとした愉快なツボを楽しく描いた4コマまんが” とあるとおり、たぶん「うぷぷ、あるあるこうゆうの!」って感想を狙っているのだと思う。絵も“可愛らしい”とか“ほのぼの”と言ってもイイような感じでは、ある。それなのに、みょ〜〜に気に障るのだ。

たいていは、私も何にも思わない。「あるある、うぷぷ」の代わりに、「あるけど、それがどうしたの」とはなるけど。ネタが私の琴線に触れないのか、それとも描き方が悪いのかは、分からない。まあその辺の分析はどうでもいい。いいワリに長々書いてるがホントにどうでもいい。私が書きたいのは、11月号に描いてあった「“けど”で文章を止められると、けどなんなのよってつっこみたくなる。そういうしゃべりかたをするひとのことを日本語がへたなひとって言うのよ」 ってネタ(?)のコトである。

文章を「けど」で止めるコトの多い私は、これにムカっときた。以前「“けど”で文章を止める人にはひねくれ者が多い」と何かで読んだときには、「あはは。確かにそうだー」と思っただけなのに、今回はムカっときた。

んでふと思い出したんだけど、ずっと前にやっぱり同じようなコトでムカついたコトがある。それはマナー本だかなんだかに書いてあった。なんでそんなモンを読んでいたのかは不思議だが、とにかく書いてあったのだ。うろ覚えだが、それはたしか電話の応対に対してモノ申していたのだと思う。「はい、鈴木ですけど」で止めるのは正しくない、一度「けど、何ですか?」と問い返してみたいものだ(←問い返してみりゃイイのに!)、とか書いてあった。気がする。

私がムカついたのは「けど、何でしょう?」と問い返したって答えられないに決まっている、ナゼなら口癖のように言っているだけで、“けど”に意味などないのだから、といった書きっぷりだった。でも、そうか? 「鈴木ですけど」は、「鈴木ですけど(あなたはどなたでしょう?)」でしょ? 自分が名前を名乗った後なら「はい、鈴木ですけど(何のご用件でしょう?)」でしょ?

相手の次の台詞を促すのに「けど?」と使うのが気に入らないっていうのなら、それは別にいい。私は気にならないけど、気になる人もいるかも知れない。その応対が正しいのか、日本語として美しいのかどうかってのも置いておく。だが、「けど」に続く言葉ってのは、たいてい推測可能だと思うのだ。私に言わせりゃ、「けど」の続きを読み取れない人の方が“感度の鈍い、日本語能力の低い人”である。(――と決めつけられたら、あの人たちは頭に来ないのだろーか?)

あー、あのマンガがキライな理由が分かったかも。感度が鈍いくせに感度のいいふりしてるトコロがイライラするのかも。賢しらくさいっつーか。

あ、媚びるための「えーー、だけどぉ」の連発にムカつくってのはまた別の話。私だって「けど何だよ、ハッキリしろよてめえ」と思うコトは、ある。それは否定しないけど、ね。(←ほーら、思う存分つっこむがいい。)

2004.10.20

さて台風話に押しのけられたダイビング話。先週金曜日からいきなり冷え込んだものの、土曜日の予報は晴れ。ただし気温は低い、となっていた。まあまだ水温は高い。お陽さまさえでりゃ何とかなるや、と私たちは伊豆へ向かった。しかし日中になったら晴れるハズの雲がいつまでたっても晴れない。伊豆についても晴れない。西伊豆は安良里についても晴れない。珍しくも富士山がくっきり見えていたから、絶対に日中は晴れるだと思っていたのに、結局この日は1日曇り空で、私たちが安良里をたつ17時ごろになってやっと晴れ間が見えるというテイタラクだった。しかし夕焼けは特筆モノに美しくて、富士山とその下の山なみにうっすらかかる薄紅に染まった靄に、帰りの車中では「カッコいい〜」の連発をしてしまった。

――と。また話がそれた。この日のダイビングは久々に私たち4人だけのグループ。ガイドはSさん。他の3人のお客さんはTさんのガイドで潜るコトになった。どうもSさんは私たちを早いトコロ一人前のダイバーにしたいらしく、4人だけになると「今日も何か目標を決めよう」と言ってきた。彼が出したお題が“中性浮力”だったので、ホッと一安心する。中性浮力に関しちゃ、この頃ちょっと自信があるのだ。ホッとした勢いでつい「いつかマスクの脱着の練習もしたい」とぽろっと洩らしてしまうと、Sさんが「じゃあ……」と言いかけるので、慌てて「今日はダメ、今日はいやです。心の準備ができてない!」と断った。不満そうなSさんに「私、最初はマスククリアもできなかったんですから! マスククリアができるようになっただけでも、進歩を認めてくださいよう!」と叫んで、この日マスクの全脱をするのだけは勘弁してもらう。

ノボせかけたのがたった二週間前とは思えないほど、気温がさがっている。気温のせいもあるけど、太陽が出ていないのも大きい。今回は風呂でウェットを着てもノボせないだろうが、一度濡れてしまったらすぐに体が冷えそうで、乾いたままスーツに体をねじ込んだ。海の様子はそう悪くない。東伊豆の海には台風で流れ込んだ土砂の影響がまだ残っていて、まるで泥水のようだったが、西の海は凪いでいて青かった。かなり大きな浮遊物が多いのが残念。台風のあとは珍しい魚が湾内に逃げ込んできていたりもするので、ちょっと期待をしていたけど、砂地には生き物がほとんどいなくてガッカリ。ネジリンボウももちろんいない。

しかし浅瀬のゴロタ付近の賑やかさは相変わらずだった。スズメダイ系の群に、この日はナゼかアオヤガラが多く、チョウチョウウオ系もちらほら。クロホシイシモチの大群(クロホシイシモチとネンブツダイの見分けに未だ自信がない〜)。オキゴンベは背びれが固結びしたみたいになっていてカワイイ。こないだとは違う、小さな小さなオレンジ色のイロイザリウオ。肉眼で見たらほとんど分からなくて、Sさんが貸してくれた虫眼鏡で見ても「なんかそれっぽいのがいる…」程度しか分からなかった。も少し育ってくれ。

そいえば、友人がこの日、以前行った初島の話をしてくれた。「あのときはまだダイビングやってなかったから、シュノーケルしたんだよね。んで、ソラスズメダイの群見て……今にして思えば、なんだけど……“うわあ、キレイな青い魚がいっぱ〜い!”とか思ってたんだけど、今はソラスズメダイの群を見ても、“うんうん、ソラスズメダイね。わかったわかった。キレイだけど、他の魚はー?”と思っちゃう」。わかるわかる。どんどん贅沢になってゆくよね。みんなそれぞれマイブームを持っていたりするし。あ、私の今のお気に入りはハナハゼ。青い長い尾がたまりません。

閑話休題。途中、エアの消費の早かった友人がSさんのオクトから空気をもらうハプニングもあった(彼女のエアが足りなくなるのはたいてい彼女が慌てるときなので、落ち着いて見えたこの日は彼女のエアの消費が早いのに全然気付いていなくって、Sさんがオクトを咥えろ、というジェスチャーをしたとき、レギュレーターリカバリーの抜き打ちテストかと思ってドキドキした)ものの、のんびり1時間弱潜って陸地に戻る。浅瀬で浮き加減になっていたのがちょと不安。そういえば潜降もスムーズじゃなくて、頭からムリヤリ潜ってしまったのだ。寒いせいか、私もちょっと緊張しているのかも。別チームのガイド、Tさんのドライが水没してしまったそうで、中に着ているトレーナーがぐっしょり濡れていた。うわ、寒そう!

昼食休憩後のダイビングも同じような感じ。客が全部で7人だし、Tさんはリタイアして全員Sさんグループになるのかと思ったら、Tさんはなんと濡れた状態で潜るのだという。「せっかく来てるのに潜れないのはイヤ」だそうだ。さすが、職業にダイビングを選んだ人は違うなあ。ので、結局1本目と同じグループ分け。1本目よりは落ち着いたが、やっぱりムリヤリめに潜ってしまった。こないだは5kg(ウエイト)で余裕だったんだけどなあ。休憩所はストーブが焚いてあって有難かったものの、やはり体が温まりきってはおらず、海に入るとすぐに体が冷えてしまう。コースを変えたので、砂地の生き物は1本目よりもたくさん見つかった。大きなヒラメが泳いでるのも目撃。カメラを忘れたので、皆が何かを撮ろうとしているときに、次の獲物を探すのも楽しい。

冷えるな、と思ってダイコンを見ると、エントリー後37分が経過している。「寒いったってガマンできないってほどじゃないし、どうしようかなー。エントリー口からかなり離れてるから、今すぐ引き返したって特別短いダイビングにはならないし…。37分経ってりゃ許してくれるかしら…」とグズグズしているうちに、Sさんが「寒い?」と聞いてくれた。そのときはもう45分経過していたので、遠慮なく「寒い」の合図を返す。が、そこもエントリー口に近くはなかったので、結局1時間を超えるダイビングになった。あがったときには風が身にしみてもうもう。

寒さに強い友人は「ゆっくり潜れて楽しかった〜」と言っていたけど、私はもう限界だ。次からは水中の防寒グッズを用意しよう。夕焼けを愛でつつの帰り道、ナゼかこないだ書いたダイビング事故の話になった。Sさんは「安全潜水を考える会」だか何だかに加盟しているので、一般には知られていない情報も握っている。今年は異常にダイビング事故が多かったそうだ。どうして事故が起きてしまうのか、という話をしているうちに「ホントはだからマスクの脱着もできるのが当たり前なんだよ」と言われてしまった。うう、やぶ蛇……。わかっちゃいるのよう。今のままじゃいけないって。でも段階踏んで上達させてちょうだいよう。

真っ暗になってからショップに帰着。日が短くなったなあ! さらにゆったりとログ付け。最近私らもだいぶ魚の名前を覚えてきたが、まだほとんどはSさん頼りである。毎度のコトだが、ガイドさんって偉いなあ、と思う。「どこどこの岩にいた、あの夢みがちな目をした魚の名前ってなんでしょう?」とか言う質問から、ちゃんと答えを出してくれるのだから(図鑑で見るとちゃんと合っている。答えはヒメテングハギの幼魚)。終わったあとは、最近よく行く食堂で今シーズンの初のカキフライを堪能し(とろとろぷりぷりでウマウマ〜)、4人揃って帰京。久しぶりだー。

日帰りでしかも西伊豆ってのはちょと疲れるし寒かったけど、でも楽しゅうございました。沖縄前にあと2回! たーのしーむぞー。

今回のログはコチラコチラ。写真ナシ。

2004.10.18

「現実からしばし離れ、フィクションの世界に遊べる人はシアワセ♪」とか書いておきながら、読んでる本が『生存者−アンデス山中の70日−』や『ローズマリーの赤ちゃん』であるのは如何なものかと思う今日この頃、皆さま健やかにお過ごしでしょうか?

土曜日はまたまた伊豆へ行ってきた。ホントならダイビングの後一泊して、日曜日をのんびり過ごして帰ってくるいつものプランだったのだが、宿泊所が1週間前の台風で被害を受けたため、急遽日帰りに。家は停電、庭は壊滅、道路も土砂で埋まっているそうで、持ち主もまだ直接被害状況を確認してはいないらしい。家も停電だけで済んでいるならイイのだが、雨漏りとかはしていないのだろうか……。普段人が住んでいる家ではないので心配である。今まで散々お世話になっているので「もし復旧作業に人手がいるなら声をかけてね」と頼んでおいたが、壊滅した庭はプロに任せないとダメだろうなあ。

台風22号の襲来時、被害状況を伝えるTVに栃木の旅先でかじりついていたのにはワケがある。1つは同行者の一人に抜けられない仕事があって、旅の途中で1日出勤しなくてはいけなかったため。台風が通りすぎた次の日曜日、彼女は栃木から東京まで出勤し、終電で栃木に戻ってきた(夜中に車で30分ほどかかる駅まで迎えに行くのはとても怖かった!)。だから、新幹線の運行状況に気が気でなかったのである。もう1つは、台風中継で映る場所が伊豆半島と三浦半島と、私たちの主たるダイビングスポットだったせいである。

台風が来るたびにリポーターが暴風雨に晒されに行く四国や九州だと、「うわあ! 大変だなあ」とは思っても馴染みがない。やはりよく行く、よく知っている場所だと異常がハッキリ分かる。「どこ? ここ?」「葉山マリーナだよ!」「え、あれがいつもの堤防?」「あ、今度は小坪!」「ぎゃー、波が高いっ」。しかしそれでも私たちはまだノンキだった。栃木にいると、あの台風の凄まじさは分からなかったのである。伊豆の状態を見ながらも「今日は潜っているのかなあ」「さすがにムリじゃない?」「Sさんなら大瀬あたりに行ってる気が……」「でも大瀬、ばっちり台風の通り道だよ」、と。

しかし台風通過後、被害がヒドかった地域としてSさんのショップのある地区が名指しされてから、私たちの心配は深刻味を増してきた。東京に戻ってきて、Sさんにダイビングの予約確認のメールを入れる段階でもドキドキしていた。ショップのBBSに「壊滅的なダメージを受けた」「塀が崩れ壁が崩落、愛車が埋もれ、屋根瓦が飛んで天井の一部が落ちた」と書いてあったからである。「あの、今週末の予約ですが、行ってもイイのでしょうか……?」とおそるおそる出したメールに、Sさんは「今週末から営業再会するので大丈夫です」と答えてくれた。

土曜日、目的地に近づくにつれ、線路沿いの土砂が崩れている場所、木が倒れている場所が目に付くようになった。最寄り駅には迎えのTさんの姿があったが、その背後にある車の窓の両脇の窓ガラスが無くなっていて、ビニールで応急処置がしてある。ショップに向かう途中も街のあちこちに青いビニールシートで覆われた屋根があった。道路にまだ泥水が流れている場所もある。ショップにつくと、ショップの屋根も青いシートで覆われていた。雨樋は半分取れかけて垂れ下がり、瓦は剥がれて危なっかしげに屋根からはみだし、妻には何かが突き刺さったのか、大きな穴が空いている。海に面した大きなガラス窓があって、その外側に低い塀があったのだが、その塀はキレイになくなっていた。

Sさんによると「あれは台風っていうより、竜巻」だったそうである。海沿いの大きなガラス窓が無事だったのも、外側に壁があったからではなく、運良く大きな物が飛んでこなかっただけ、と。「物が飛んできたら雨戸なんか簡単に突き破るからね」。あまりに青シートの家が多いので「最中に外に出たら瓦が飛んできて当たっちゃいますね」と言ったら、「瓦なんて可愛いもんだよ。翌日庭に1人じゃ持てないようなモンまで転がってたもん。ええっこれが飛んできたのっ?って」と真剣な顔で返された。いやもうホントに何と言ってイイのやら、だ。

しかしその中でも来ちゃったお客さんがいたらしい。「前の晩から台風対策でドタバタしてて、個別連絡しなくてもお客さん来ないだろうと思って放っておいたら、駅から電話かかってきて。慌てて事情を説明しに行ったら青い顔して『こっちスゴいですね…。来ちゃ、いけなかったんですね…』と言ってた」とか。うう、他人事だとは思えない。あの台風は影響を及ぼす範囲がとても狭かったから、東京でも土曜日の朝のうちは晴れ間が見えていたという。もし私らが予約を入れていて、Sさんから連絡がなかったら、「連絡ないってコトは潜れるんだよね…」と行ってしまったコトだろう。んで潜らないまでも宿泊所に行っていて、とても怖い思いをしたに違いない。下手すりゃ庭が滑った段階で様子を見に行って、土砂に埋まっていただろう。ああ、栃木でよかった。

この日は西伊豆に潜りに行ったのだけど、その道中もヒドかった。地すべり、土砂崩れは数え切れないほど。鉄砲水の跡もある。上流から押し流された大木(転がったせいか、皮が全部剥けている)の山。杉の植林をしている場所の被害が目立って、やはり真っ直ぐな木は打たれ弱いなあと思ったり。途中の町では裏山の斜面が崩れ、納屋らしき建物が完璧に埋まっていてビックリしていたら、その隣では二階建ての離れらしき建物が土砂に押されて斜めに倒れていたり……。確かこの辺りでなくなった方はいなかったハズ、と思って一瞬詰めた息を吐く。

自分で何とかできるコトはだいたい終わっちゃって、あとは屋根の修理も家の修理も車の修理も順番待ちだとSさんは言っていた。早く復旧しますように、とただただお祈りするばかり。(労力で済むなら提供する気まんまんなんだけど)。

2004.10.15

■楽しく盛りだくさんだった旅行の後の常で、久しぶりにおさびし山に登ったりもしていたけど、それ以外は平穏な日々。仕事も適度に忙しい、いい感じです。やーっと本が読めるようになったのが嬉しい。忙しい時期は読書の時間も料理の時間も取れなくて、生活に潤いっちゅうもんがありませんでした。以前友達が「私はストレスの逃がし方がうまい」と言っていたので、どうやるのか聞いてみたら、やっぱりフィクションの世界で遊ぶのだとのコトで、「私も!」と強く頷いてしまいました。ゲームでもマンガでも小説でも映画でもいいけど、そっちの世界でも遊べる人はいろいろ楽だよね。現実での気晴らし方法をたくさん持っていても、選択肢が多いに越したことはありませぬ。

■昨日は会社の健康診断でした。今年は料金を節約したのか、去年の受診場所よりもかなり落ちる印象。つか、あれほど流れ作業で検診されたのは始めてです。測定する女のコたちが揃って頼りないし……。体重測定や視力検査などは別に構わないんですが、採血係が頼りないのは困ります。私は血管が細いのですよ。昨日も腕を出した瞬間に「採りにくそうですね!」と言われ、おまけに「いつもはどっちで取ります?」と聞かれました。1年前に血を採った腕なんか覚えてないです。さらに「いつもはどの辺から採りますか?」とも。今まで私の血を採った人たちも苦労してましたけど、ここまで頼られたのは初めてでちょっと不安になりました。この私が針を刺す瞬間に目を逸らしてしまったくらい。来年は違うトコロになるといいなあ!

■いきなり冷え込みましたね。明日はもっと寒いらしいです。伊豆にダイビングに行くんですけど、海から出たときがそろそろキツくなってきました。(でもまだ潜る)。

2004.10.13

飯嶋和一『始祖鳥記』読了。いやいやいや今回も面白かったです。不満と言えば、一応物語の中心となる人物を置いてはいるのだけれど、あまり一人を掘り下げずに多くの人を描いているので、感情移入した魅力的な人物があっさり舞台を降りてしまったり消えてしまったりして、「それからあの人はどうなったのよおおおう」と気を揉まなくてはならなかったり、ある人物の重大な行動をあっさりと流されてしまい「そのときのこの人の心境を書いてくれよおおおう」と悶えなくてはならなかったりするコトぐらいでしょうか。

今までスゴイスゴイと思いながら書き忘れていたコト。この人の描写力は尋常でないです。特に風体の描写が。着ている物の色から素材から厚みから、まざまざと思い浮かびます。『神無き月十番目の夜』の月居騎馬衆の描写など、カッコよすぎてどうしようかと思っちゃった。他にも……うん、風景に対する描写よりも、人物に対する描写が印象深いです。背格好、顔かたち、声の調子、表情、立居振舞。ホントに鮮やか。くっきりと思い浮かべられるからこそ、感情移入もついしてしまうんですが、それを惜しげもなくあっさりと退場させちゃうんですよーー。ああモッタイない。

彼の物語には女性がほとんど出てこないんですが、ここまで男たちがカッコいいと別に気になりません。えへへ。今回の中心人物は江戸時代(年号:天明)に凧に乗って空を飛ぼうとした表具屋、周吾。でも彼はシンボルのようなもので、やはりその時代に生きた男たち、抗えないような巨大な何かに押し潰されそうになりながらも、それを必死に押し返そうとした男たちの物語です。藤助も弥作も巴屋伊兵衛も杢平も平吉も好き好き大好き。周吾と源太郎は、決してキライじゃないけどちょと落ちる、かな。

江戸打越しがどう発展してどう反発されて結果どうなったのか知りたいと思いながらも、未読があと1冊しか残ってないのがホントにホントに残念です……。

2004.10.12

栃木からとっても寝不足な状態で帰ってきました。台風状況を伝えるテレビと睨めっこしつつも、レンタカーを乗り回して遊びまわってきました。この連休中に、栃木県内で不穏な運転をしている白いキューブを見かけた方がいらっしゃったら、多分それは私たちです。申し訳ありません。免許を持っていない1人だけがどっしり構え、私を含めたペーパーな3人はお互いの運転に悲鳴をあげ続けておりました。知らないってのはシアワセですね。まあ怖がりながらも遠出してしまう私たちも私たちですが……。

台風も、たいして影響はありませんでした。1日は完璧に降られてしまったので、温泉施設に行って遊びましたけど、あとの2日はドライブ&散歩で楽しみました。霧の中での散策もなかなか風情があって楽しいものでございます。ただやっぱり、そこに行くまでの山道が怖かったけど……。国道を走っているつもりがいつの間にか農道に入り込んでいたり、カーナビに騙されて変な回り道をさせられたり、街灯のほとんどない真っ暗な道を走ったりしたのも、たぶん後から振りかえればイイ思い出になるのでしょう。あはは……(と、力なく笑う)。

んでも、場所が変わってもやるコトは変わらず、美味しいもの食べて喋って夜更かしして呑んで温泉入ってで、盛りだくさん。怪しい観光スポットもてんぱったおそば屋さんも友人の「やって!TRY」も、詳しくはとても書けないほどいいネタを提供してくれました。彼女たちとの旅行は“癒しの旅”とはほど遠く、体は全然休めないんですが、でも帰るときには「あと一泊くらいしたいなあ」と毎度思います。こんなにしょっちゅう遊んでいるのに、ね。今週末は台風の爪痕の残る伊豆に行ってきまーす。

2004.10.7

やっとダイビング旅行話を書き終わったと思ったら、明日から今度は栃木に行くのです。会社が終わったら直で新幹線に飛び乗って山のあなたにシアワセを探しに行って参ります。る〜らら〜(←遠足前の小学生状態)。

……なーんて日記を書いていると、まるでこの時期遊んでばかりいたようなので、久しぶりに仕事の話なぞ。話っつーかグチですが。いやいやいや忙しかった。てんてこ舞いを舞い踊っておりました。こないだまでどっちかと言うと暇で、「残業が全然ないっつーのも生活苦しいんだよねー」などとボヤいていましたのに、いきなり毎日22時まで残業生活に突入し、途中呑みに出たときには「ついこないだまで暇だって言ってなかったっけ? なんちゅう波のある職場なんだ」と友達に呆れられました。

しかしその頃はまだ22時で帰れていて、呑みに行った次の日から今度は23時24時。さすがに疲れた……。24時までやったときは、45+60+45が160になって、間違っているのはわかるのにもう一度計算しても答えはやっぱり160になるのです。「45+60は105でしょー。それに45足したら160でしょー。なんで15の倍数を足してるのに15で割り切れないんだ!」と、2〜3回やっても分からなくて、その段階で帰宅を決意しました。

だらだら残業するなら平気なんだけど、けっこう根詰めて24時ってのはキツいです。週末ほとんど寝倒して、それでも週明けに疲れが残っているくらい。私は寝るのが好きなので、別にそれほど疲れてなくても寝倒したりもするんですが、そゆときは「ああだらだらしたなあ」という実感がある。今回は休んだ実感もないままに時が過ぎ去ってしまった、という感じ。もったいなーい。

家に帰っても料理する暇はないし本読む時間もないしお気に入りのサイトを覗きにゆく気力もないし、ないない尽くしで寂しい日々でございましたよ。とうに分かっているコトだけど、私は仕事人間にゃなれません。んで人がそんなに忙しいっつーのに、雑用を次々に頼んで自分はさっさと先に帰ってしまう社員の皆さまにもムカついてたり。そりゃ私は雑用をするために雇われているんだけどさー、5分で終わるファイリングもできないで書類を積み上げてる状況で更に頼むかよ!、と。

でも、気付かない人ってのはホントに私が忙しいコトにさえ気付いてないんですよねー。その気の回らなさ加減がいっそ不思議なくらいです。なんでそんな状況になるかと言えば、社員それぞれが私に仕事を頼んでいるので、上長の誰も私の仕事量の総量を知らないからなんですけど。派遣生活も長いですが、派遣を使うのが下手な上長が多いのにはいまだ呆れます。私が10数人の派遣スタッフの取りまとめやってたときは、誰がどのくらい仕事抱えててどの程度進捗していてあとどのくらいなら仕事を回しても無理がないのか、把握していたけどなー。

ま、そんな感じで忙しかったんですけど、とりあえず今回の山は超えました。来週あたりからはほぼ定時で帰れるようになるでしょう。見たかった映画、まだやっているかしら……。

2004.10.6

≪つづき。今回で最後≫

浅いダイビングなので、休憩は短めで2本目へ。ちょっとコースを変えての、でも1本目と同じようなお気楽ダイブである。ごくごく小さなイロイザリウオやミジンベニハゼ(遠目にしか見られなかったから形もよく分からなかった〜)が目玉かな。休憩時間中にお願いしておいた芸を、水中散歩の途中でSさんが見せてくれる。水中で空気の輪を作ってもらうのだ(バブルリングとか言うらしい)。Sさんが吐いた息は、輪の形のままキレ〜イに上っていって、かなり大きくなってから泡になった。ホントに条件がイイと海面に輪のまま届くんだって。今度チャレンジしてみようかなあ。

前日のハズレを取り返す勢いで2本目も堪能。水中が穏やかだと、皆で生き物探しができるのも楽しい。誰よりも早く見つけると「やったね」って気分になる。2本目は誰も浮かずにすんだのも、平和だった。これまた1時間近く潜って、でもかなり早い時間に黄金崎から撤収。早め早めの行動だと楽だなぁ。

ショップに戻ってログをつけ、雑談をしていると、またSさんが「ホントにみんな、上手くなったよね」と言い出した。Sさんのショップに通い始めた当初がかなりヒドかったので、最近コトあるごとに上手くなったと持ち上げてくれるのだが、しかしこの日は浮上してしまってなかなか降りてこられなかったりしたではないか。「あの……今日みたいな日に言われても信憑性ない……」。

いや違うよ、できるようになったから次が言えるようになったんだよ、最初の頃は言えなかったもん、今だから言えるけど、最初にきたときはTさんと2人で大丈夫かって話してたんだよ、とSさんは必死で抗弁していたが、どこまで信用してイイのやら。「え? じゃあ2回目に予約入れたとき“またあのコたち来るのかよー、ヤダなー!”って思いました?」とか、ちくちくイジめておく。ホントはSさんTさんには感謝しているんだけど。ただで講習やってもらっているようなものだもの。実際に少しは上手くなったと思うしね(でも最初がマイナスだったので、きっと、やっと人並み)。

友人1人はこの日の夜に帰る。私たち残り3人はまた宿泊所に戻り、いつものようにまーったり過ごす。日曜日もずっと霧だったので、食べて呑んでゲームして。今回は温泉にも行かずにとにかくのんびりしてきた。海はまだまだ暖かいけど、陸上の温度を考えれば伊豆でウェットで潜れるのはあともうちょっと。沖縄が今年最後のダイビングになるだろうけど、その前に伊豆にあと3回、行けるかなー。(とか言っちゃって実はもう2回分は予約してるんだけど!)

今回のログはコチラ。写真あり。

2004.10.4

次の日(9/25)も、宿泊所の周りは霧に包まれていた。前日の夜にはかなり激しい雷雨もあったし、「今日もダメかなー、私らが遊ぶのに、天気がこんな悪いの珍しいよね。台風の前後にぶつかって海が悪くても、天気だけは良かったりするのに」とボヤきながらショップに向かう。この日は東風が吹く予報だったので、いつもよりも早い出発で西伊豆は黄金崎に向かうのだ。伊豆では山を越えるといきなり天気が変わったりもするのだが、この日は途中でまた霧が出てきて、峠の気温表示が21度になったりしてドキドキした。しかし、半分以上諦めていたのに、黄金崎につく直前に晴れ間が見え始める。目の前の海もベタベタ凪だ。ううう嬉しいっ!

私たち4人とMさん、本日から参加のKさんの6人グループでSさんのガイドを受ける。他のグループは臨時ガイドのTaさんが率いている。いつものTさんは今日は講習に入っているので同行はできず。ダイビングショップにとっての書き入れ時ですな。ウェットに着替え―――る段階で、To-ko、間抜けなエラー。黄金崎にはお風呂があるのだが、私はその中でウェットを着てしまったのだ。肌寒い日ならなんの問題もない。が、その時点で気温はかなりあがっていた。おまけにお風呂もいつもより熱かった。「寒がりだからちょうどイイや〜」とその中でウェットと格闘してしまった私は、気付かないうちにすっかりノボせてしまったのである。

ブリーフィングを受ける最中に2回、器材をセッティングしてる段階で3〜4回、水を浴びにいく私。頭から水をかけるだけじゃ足りず、友人に「ごめん、ウェットにホース突っ込んで。水入れて!」とお願いする。寒がりの私らしからぬ言動で心配をかけてしまって申し訳なかった。海に入れば大丈夫だとはわかっていたんだけど、とにかく暑くて暑くてボーっとして、あのままじゃ確実にぶっ倒れていた。ウェットは凶器になりますね。とにかく水で騙し騙し、用意を進める。

私のバディになった友人の器材のセッティングに手を貸している最中、なんだかやりづらそうだったので「やってあげるよ」とタンクにかけるベルトを締めようとしたら、Sさんがすーっと近づいてきた。「あのね。――そろそろ、自分でできるようになった方がイイと思うよ。」。……しまった〜っ! Sさんが久しぶりに教官モードに入ってしまった。手を貸すのはイイけど代わりにやってあげるのはダメってコトですね、はーい。「久しぶりにチェックが入ったね…」と、残りのセッティングは各自でがんばって、海へ。

ホンットに静かである。波一つない。水面移動も潜降もらーくらく。こんなベタ凪で言うのは何だけど、このごろ潜降の調子がよくて嬉しい。今まで「自力でできる」とは言っても、腰から落ちてしまったりしていたのに、教本どおりの潜り方ができるようになったのだ。これが海況の悪いときにもできるようになったらバッチリだなー。さて透明度は8mと、前日の海と大差ないのだけど、とにかく明るさが違う。明るいだけでかなり視界が広がる気がするのだ。潮もうねりもなく、魚も豊富で、もう言うことなし! きーもちイイー。

しかし教官モードに入ってしまったSさん、途中で中性浮力の怪しい友人にレクチャーを始めてしまう。……いや、始めてくれた、ですね。彼女は特に砂地ではマイナス浮力気味になるので、砂を巻き上げるコトが多かったのだけど、レクチャー後はキレイに泳いでいてこちらまで嬉しくなった。私は中性浮力に関しちゃ最近はイイ感じなので、Sさんの洗礼は受けずに済む。ちょっと深めの砂地でさんざん遊び、それから浅瀬の岩場に移動して、ゆっくり戻る。しかし、ここでまた教官モードに入るSさん。うひー、今日はどうしちゃったって言うのー?

深場から浅瀬に移動するときは、BCDの空気を抜かなくちゃいけない。そうしないと浮力がつきすぎて浮上してしまうのだ。深度を変えても常に中性浮力をキープするのは慣れるまで大変なのだけど、この日深場でレクチャーを受けた友人は、いつもよりBDCに空気が入っているのに抜くのが遅かったらしく、水深4m弱のところでふーーっと浮き上がって行ってしまった。彼女のバディだったコがツユベラを指していたSさんのトコロに飛んできて、浮いちゃったと伝えている。あらら。

私はなるべく上を見ないようにしていた。浮上した人を心配して上を向いていると、自分まで浮上してしまったりするのだ。だから岩場の影の魚ウォッチングに精を出していたのだが、しばーらく経ってもまだ友人は浮いている。どころか、いつの間にか私のバディまで浮いている。あれ? Sさんは状況把握しているのに、引っ張りおろさなかったのかな……? と思ってSさんを見ると、あああああああ教官モード……。彼は腕組みをして海面を睨みつけ(←本人は「睨んでないよー」と言うだろうけど)、手伝う意思がないと全身で表明している。あまつさえ、片手に手頃サイズの石(ウエイト代わりに詰め込むための)を持ち、「これが欲しければ取りに来い」と言っている。

ひー、私は絶対に浮くワケにはいかないわ! と近場の岩に掴まってみる私。今のウエイトは適正なので、水深4mを切ったら空気はほとんど全部抜いてあるし、息を吐き気味にしていてやっと浮かない状態なのだ。しばらく時間がかかったが、友人2人もやっと降りてきて、BCDのポケットに石を詰め込んでもらって、海中散歩を続ける。頭上にカンパチの群れがやってきたりして、盛りだくさんだった。今の季節は赤ちゃんが多いから、どれも可愛くってつい目移りしてしまう。浅瀬でもたっぷり遊んで1時間強のダイビング終了。前日を補って余りある内容だ。

≪まだまだつづく≫

今回のログはコチラ。写真あり。

2004.10.3

一度は追いついたと思ったのに、また日付と内容がズレてきてしまいました。今回のダイビング話、いつになったら終わるんだろう…。

≪前月からのつづき≫

1本目のダイビングでへとへとになった私たち。もう一度あそこに潜ると思うと、ちょっと「止めたいなー」と思ってしまう。1回なら「まあこれもいい経験だよね」だけど、経験は1本で充分だ。他のショップの面々は元気に同じ場所に潜りに行ったが、私らは、Sさんが一度遊びで潜ったコトがあるだけでまだお客さんを連れていっていない、も少し穏やかなポイントに潜るコトにする。友人1人は気分が悪くなってしまったため、残念ながらリタイア。Mさんは無くした器材を借りての挑戦である。

今回のポイントは湾の中で、水深も6〜7mと浅い。その分波の影響を受けやすくちょっぴりうねっていたが、1本目に比べれば天国! 透明度は変わらないけど、浅いおかげで明るいのも嬉しい。Sさんは「あまり面白くはないだろうけど、でも少なくとも静かだから」と言っていたけど、潜ってみると魚もたくさんいるし、のんびりできて楽しい。波模様のある砂地にぽこぽこと岩があって、そこに魚が群れていて、コーラルもなかなかキレイで、天気も透明度もいいときにもう一回来たいくらいだ。

すっかりリラックスした私たちは、視界の許す範囲で各自魚を探し回って遊ぶ。途中、岩に開いた穴に潜ったりもしてみる。タンクを背負った人間1人がぎりぎり通り抜けられるくらいだから、周囲にぶつからないように慎重に慎重に……。こうゆうの、大好き。通り抜けた先はちょっとした魚の溜まり場になっていて、目の前をカゴカキダイの群れがゆっくりとよぎって行った。黄色と黒の鮮やかな群れに、気分は南洋である。

条件がそれほどいいダイビングでは全然なかったのだけど、とにかく1本目に比べれば楽で楽しくて、すっかり満足してショップに戻れた。「そんなに穏やかなら行けたかも……」と、リタイアしてしまった友人は悔しそう。その気持ちはよ〜くわかる。「次は海況いいときにボートポイントに潜ろう! 2回も続けて外してしまったから、もう条件がよくなくちゃ行かない!」とSさんがすごい勢いで言っていたので、ぜひぜひお願いします、と頼んでおいた。海況がよかったら、ホントにキレイなポイントなのだ。でもねー、海ばっかりは当日にならないと分からないから。お詫びのつもりか、Sさんが宿泊所まで送り届けてくれた。海の幸で手巻き寿司をして、天気予報をチェックして、早めに就寝。明日も早いぜ!

≪まだつづく≫

今回のログはコチラ。写真少々。

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