2004.7.30

久しぶりのドロ沼劇場更新。今回は愛のドロ沼の漫画家さんコーナーに、佐藤史生さんを追加しました。もともと「次は佐藤史生さん」と決めていて、正月休みに実家に帰ったとき全部読み返してきたんですが、なんとなく手をつけそびれて今まで放っておいてました。更新する気になったのは、タイムリーにも(半年後だけど)リクエストをもらったからだったりします(Thanks!)。楽しんでいただければ幸い。ちなみに小説コーナーの次回更新は『赤毛のアン』シリーズになる予定で、これもシリーズ全巻を去年の秋に読み返し、文章も半分は書きあがっていたりします。UPはいつになるかなぁ(←ヒト事)。ドロ沼劇場indexページにはこれから書く予定の漫画家さん名も、思い出せるだけ列挙しました。……完成が遠い先なのが実感されただけでした。

2004.7.29

梨木香歩『からくりからくさ』読了。先日読んだ『りかさん』(→感想)の続編である。これを読んでやっと『ミケルの庭』にりかさんが出てこなかったワケがわかった。それにミケルはやっぱり、アビゲイルがアメリカで出会った移民の子孫だったんだ……よね? 名前も同じだし。

この本、ちょっと読んでてツラかったです。今まで読んだ梨木さんの本って「おばあちゃんと孫娘」が中心になっているコトが多くて、その「ほんわりと受け継がれていく(母から娘へ、じゃないからね)」感じはワリと好きで、主軸が老女と少女であったせいか、その関係が男の人に対して閉じている風なトコロもあまり気にならなかったのだけど、この本みたいに若い女性たちが主役だとちょっとキツい〜。最後あたりにはほろんと迫るものもあるんだけど、そこに到るまでの彼女たちの“澱”が濃厚すぎて重苦しく息苦しい。胸が詰まる。年頃の娘たちの生活の話だけあって一応、ホントに一応、男の人も出てはくる。しかしその存在感の薄さと言ったら! 神崎なんか子供作るためだけにでてきた感じで、遠くに行ってからの方がその印象はよほど強い。つまり実際に彼女たちの“ウチ”に入るコトはないワケだ。うーん。

自他共に認める女好きではあるけれど、男の人とももっと仲良くしたいなあ、私は。

2004.7.28

ううう。眠れない。「疲れすぎて眠れない夜なんかない」とか書いたばっかりだというのに眠れない。疲れすぎてるからじゃなくて、妄想が暴走しすぎて。気がかりがあって、数日後にはちゃんと判明すると分かっているのに、私の妄想力は萎えてくれない。深刻な事態に発展しかねない種が、思い当たる節がいくつもあるんだもの。ああ、私の想像のし過ぎでありますように。妄想女王の突っ走りすぎでありますように。「たいしたコトない話だから、後で話せば別にイイかと思って」というオチでありますように。(あ、田舎の心配事とはまた別の話なので、暴力沙汰の心配じゃありません)。

悶々としていたもんだから、親から小包が着くコトになっていたのをすっかり忘れていて、宅配便の到着を無視してしまった(予定のないピンポンには反応しないコトにしている)。獲れたてのとうもろこしが入っていたのに。再配達を頼めるのは2日先で、鮮度が命のとうもろこしはもうダメだ。かなり凹む。

2004.7.27

書く方が追いつかなくて全然日記じゃないんだけど(今さらか)、先週の金曜日には劇団ファントマの『ジョリー・ロジャー』を観に行ってきた。ところでこのタイトルには偽り有! ロジャーは回想シーンにちょっと出てくるだけだし、ジョリーなんか出てこなかったじゃん。それともジョリーってのはロジャーのファーストネームか? まあファントマだからそんなの別にイイけど。さて今回の題材は海賊で、ファントマ初のWキャスト。主演女優の美津乃さんと主演男優の浅野さんが、交代で主役の海賊シルヴァーを演じる。もう1人はシルヴァーを追いかける英国海軍の副艦長になる。私らは美津乃さんのファンなので、もちろん彼女が主役の回を観に行った。

………ああもう美津乃さんってば! 男たちの、しかも腕力が即ステータスとなる男たちの上にああも自然に立てる女優って、他にいない。『極道の妻たち』シリーズの岩下志麻も迫力あるし男が従うのも不自然じゃないけど、彼女はよくも悪くも“女”だもんなあ。美津乃さんは性別を超越してる感じ。さすが“腐った宝塚”。耽美じゃ全然ないんだよー。カリスマ性がある、とはああいうのを言うんだ。もし美津乃さんみたいな教祖がいる新興宗教でもあったら、信者になっちゃうかもだよ。楽しい宗教になるに決まっているしね。更に今回は、両手で短剣を振り回しての殺陣がめちゃくちゃカッコよかった。脇にも動ける人が多いから、ときどき本気で怖くなっちゃうくらいの迫力だ。誰かがちょっとタイミング間違えたらケガするよ、絶対。

浅野さんも、こっちの役を見られてよかった。浅野さんは上手いのだけど、主役をやるととことん熱血になっちゃって、ウザかったりもするのだ。でも今回の副艦長はトボけたナルシーな役どころで、それを楽しそうに演じていた。笑わせ役で、でも実は頭が切れて、しかも更に正体は……という美味しい役。これをやった美津乃さんも見たかったけどなー。嬉々としてバカっぷりを披露してくれるに違いないのに。でも美津乃さんがこっちだったら、出番が少なくて不満かも。うん、浅野さんが副艦長でよかった。最後にはちゃんとカッコいい見せ場もあるし。『黒いチューリップ』のときのカジモド役といい、今回といい、浅野さんは二枚目じゃないときの方が断然面白い!

脇役陣もよかった。ファントマってときどき全員に見せ場を作ろうとしすぎて焦点がボヤけてしまうんだけど、今回は主役たちをしっかり中心に据えていて安定感があった。人間離れした風貌の盛井さんは隻腕の海賊姿がぴったりだったし、えん魔さんも話に絡まないくせにしっかり見せていた。……しかしえん魔さん、太ったなー。一時期やせたと思ったけど、リバウンド? 今にも破裂しそうで怖い。主要キャストの中で唯一イマイチだったのは、海軍の艦長役の人。下手じゃないんだけどなー。なんかいっつも目が笑っているんだもの。迫力あるシーンとふざけたシーンのメリハリがつかないのよ。「役者って顔がいいだけじゃできないんだよね」と友人がしみじみ呟いていたけど、その通りだ!

最近マジメぶっててちょっと物足りなかったのを補うくらい、今回のおふざけシーンはよかった。役者たちが舞台でイジられて、素で困ったり笑っちゃったり追い詰められたりするのって、大好き。下手な劇団でやられたらこれほど腹立つコトはないけどね。下手なところは真面目なシーンとおふざけシーンの切り替えが下手で、ちゃんと世界を構築できてないくせにふざけて流れを切るからダメなのだ。きっちりやってくれれば、そして役者に力量があれば、これほど楽しい見ものはないのに。

てな感じで、かなり楽しい時間を過ごさせてもらってきた。しかしファントマの東京での人気って、予想外に伸びないなー。初日のせいもあるかもしらんが、劇場の後ろ半分空席だったぞ。本拠地の大阪じゃとうとう大劇場進出だと言うのに。……しかし正直言って、東京では大劇場に進出して欲しくない、というのが本音です。人気が出て欲しいし、安定して東京公演続けて欲しいけど、でも劇場の規模は今のが限界だと思うのー。悪い意味じゃなく、大劇場向けの芝居じゃないのよ。だから今よりもうちょっとだけ人気が出るとよいな。ファンなのにこんなコト願っててゴメンだけど。

2004.7.26

内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』読了。最初のうちは、ところどころ肯ける部分もありながら、「でもなー、こうゆう“いかに生きるべきか”本って、“ああ、よくぞ言ってくれました! 私もそう思ってました!”級に合わないと面白くないのよねー。だいたいタイトルからして、ちょっと疲れたらすぐに横になってぐーぐー寝ちゃう私には必要ないんだよ。眠れないっていったら興奮してだもん」とか考えずにはいられませんでした。

どころか、先に進むにつれ「いや、積極的に合わないかも。なんだかイチイチ薄っぺらいんだよなー、想像力ないっていうか」と拒否反応を募らせてさえ、いました。でも真ん中ごろから「この人とは意見が合わないだけなのか、それとも意見は合うけどこの人の例え話が下手で合わないと思わされてしまうだけなのか」と不思議になってきてしまったのです。大雑把な部分の意見は合う気がするんですよ。だけどこの人が具体的な例とか解決案を挙げて話すと「そりゃ違うでしょ」とツッコみたくなるのです。

たとえば一夫一婦制について「この制度はもう賞味期限が切れかかっているけど、制度としてはよくできていたと思う。今支配的になってきている“愛だけを基盤にしたパートナーシップ”ってのはワリとキツいんじゃないか」とあって、それについては「まあそう思う人もいるだろう」と別に腹もたたないのですが、その続きの「毎日“愛してる?”“愛してるよ”の確認をしなくちゃいけない関係ってのはストレスフルで云々」という記述で、「え?」となってしまうのです。“愛だけを基盤にしたパートナーシップ”ってのに、妙に限定されたイメージを持っているんじゃないかって。「私たちは2人で暮らしたいから暮らしている。結婚という制度は必要ない」と言っている人たちが、毎日「愛してる?」「愛してるよ」とやってるワケじゃないでしょー? (いやまさかモロにそういう言葉を交わすコトだけを指してるとは思わないけど、でもそれなら愛情を示すだけのことが、そんなにストレスフルかしら?)。「家を開放的にしないとまずいよ」 って意見には同意できるのに。

それから「らしさ」についての話。「皆が皆同じ欲望を持ち同じものを欲しがる社会は不健全」で「しかし今は皆があまりにも似すぎてしまっていて、人が持っているってだけで自分も同じものを欲しがる」コトに対する危機感分かります。だけど「たとえば、男が欲しがるもの、名誉、権力、威信、情報、貨幣……というようなものに女がぜんぜん興味を示さないで、それよりは健康、自然、愛、平和……というようなものにこだわる、というしかたで、希少財への競争的集中は回避され、システムの暴走は食い止められてもいるわけです。」 となると、「へ?」と思います。

多様性を求めるなら「名誉や権力、その他諸々を求める男」と「名誉や権力、その他諸々を求める女」と「健康や自然、その他諸々を求める男」と「健康や自然、その他諸々を求める女」がいた方がイイんでないの? んでもっというなら「名誉や健康や権力や自然、その他諸々」を求める男と女と、「名誉や健康や権力や自然、その他諸々」なんかどうでもイイ男と女がいた方が楽しいんでないの? それは理想論であり、そうゆうのを求めて各人の自主性に任せた結果が画一化された現在なのだから、まだ前の“らしさ”によってカテゴリ分けがされていた方が多様性があって良かった……ってのは、後ろ向きにすぎると思うなあ。だいたい、「らしく」生きる失敗例として、葬式に派手な服を着てくのがどうこうと書くのって、表面的に過ぎない?

家族についての話に戻って。「温かく親しみのある家庭というのは、みんながエゴを剥き出しにし、本音を遠慮なくさらけ出し合う家庭のことではありません。」ってのには賛成しますが、だからって「一人一人が欲望を自制し、内面を隠し、期待されている家庭内の役割をきちんとこなし……」ってのはどうかしら? それと「お互いに言いたいコトは言いつつ、相手を尊重し合い、たまにはケンカもし、妥協点を見つけて居心地のよい空間を作る」ってのとの間には、深くて暗い河があるんじゃないかしらん。前述の家族の描写からは、こういうニュアンスは感じられないわよねぇ?……と思っていると、そのすぐ後に納得できる文章が出てきたりして「あれー?」と首を捻らせられるのでした。

でもね。彼の話が私に合わない理由はなんとなく分かる気がするのです。彼は型に嵌めたがりすぎるのですよ。全体像を掴むために型に嵌めるコトが必要な場合もあるのでしょうが、でも立ち位置や思うコトが似ていたとしても、型に嵌めてしまうコトで全然同意ができなくなるコトもあるのです。―――とか言いつつ、私も「男の人は型に嵌めたがる人が多いなあ」とかまとめたくなっちゃうのですけど。いかんね。

2004.7.24

中山千夏『スクーバ・ダイビング入門 海に潜った!』読了。今の私はダイビング関係の本ならなんでも面白い状態なんですが、でもどっちかと言うと「これから始めたいなー」と思っている人向きかな。プロに話を聞く章は面白かったです。あと彼女が潜る理由って、私のと似てるかも。いくつかは賛成できない意見もありましたけどね。「海に入ったら人と自分を引き比べない」とか。私は比べます。上手い人からは技を教えてもらいたいし、下手な人は反面教師になりますもん。あと彼女が書いてる器材の値段、高すぎ! 定価で買ってるに違いありません。私が財布から出したのは、彼女の1/3〜1/4です。

さて。いつの間にか終わりかけていた『海猿』を見てきました。キャストに特別な思いいれはないし、原作は『ブラックジャックによろしく』(←かなり積極的にキライ)の人だというし、『踊る大捜査線』は好きだけどどっちかってぇとドラマのときのが好きだったし、いつもなら「ビデオが出てからでイイかな」の興味の範囲の作品でした。「タンクを背負って海に入る話」じゃなかったら。しかし「タンクを背負って海に入る」ならば見ねばなるまいと、わざわざ公開を延長している映画館を調べて足を運んだワケです。これが、大正解。思っていたよりずっとずっと面白かったのでした。(以下、ネタばれ部分を読みたい方は反転させて読んでください)。

まず、中盤部分までの訓練内容が面白い。いちいち「あー、これ! 講習で習った!」ってコトばかりなのですよ。もちろんファンダイビングの講習ではあんな過酷なコトはやりません。……少なくともPADIで取る場合には、やりません。ウエイトを持って15分間の立ち泳ぎとか、水中で2分半の息ごらえとかもやりません。障害物の中も泳ぎません。でも、私らが講習でやったコトよりも過酷だけれども、何をやっているのかはよく分かります。それがどのくらい苦しいものかも。学科(?)の内容も「ああ、習う基本は同じなんだなー」ってナゼか嬉しくなります。ホントはもっと専門的な知識を教わるんだろうけど、映画だから分かりやすい部分の説明シーンにしたんだろうけど、それがファンダイビングの講習の内容とどんぴしゃりなのですよ。

そしてファンダイビングのシーン。最初に魚の群れがばーっと飛び込んでくるカットの海の青さは、さすが瀬戸の海(でしたよね?たしか)って感じなのですが、その後に抜かれて映るのが「あ、ハナミノカサゴ。イシモチ系……クロホシかなー? お、キンチャクダイ」と、ナゼか伊豆で馴染みの魚ばっかし。これまた嬉しくなります。海洋実習のエントリー方法に「げーっ、そんな高さからジャイアント!? できねーっ」と思ったり、最終試験で中性浮力を取っている指導教官たちのキレ〜イな姿勢に感心してしまったりも。

あ、話の方も面白かったですよ。お約束の展開ではあるんですが、安心して見ていられます。訓練生のエリートで立ち聞き大王の三島がけっこうお気に入り。「2人とも助からない状況だったら、俺はバディを見捨てる。逆の状況だったらお前もそうしろ」と言っておいて、ホントにその状況になったときに「俺は置いていけ。お前一人で浮上しろ」と言うのがエライ!

ところで見ている最中、分からない点が2つありました。まずは究極の問い、「水深40m。バディと2人で取り残された。残圧は30。片道1人分だ。どうする?」なんですが……。残が30あったら、戻れないかしら?(いや私はムリだけど)。2人で? それともこれは無限圧ダイブを想定してるんではなくて、40mで長時間留まっていて安全停止が求められる状況を想定してるのかしら。だって無限圧ダイブで水中で拘束もされてなくて直接浮上ができるんだったら、減圧症の危険はあるけれども、できる限りゆっくり浮上して、空気がなくなったトコロから緊急アセスメントスイミング(空気なしで浮上する方法。ファンダイビングでも講習で習う)であがれないかなー。緊急アセスメントって、落ち着いてさえいればファンダイバーでも10mくらいはできるんだから、プロならも少し深くからでもいけるんじゃないかしら…。ま、こゆのってちゃんと監修はされているんだろうから、付帯条件をいちいち言わなかっただけなんだろうけど、この問いが出るたびについ「できないかい?」と思ってしまいました。

も1つは、クライマックスシーンでの疑問点。なんで教官たちが潜れないの? 緊迫したシーンだったので台詞がよく聞き取れなかったんですが、「教官たちは水深40mに長時間いたから、何時間の水面休息が必要」と言っていた気がします。でも体内の残留窒素って、潜ってる分には問題ないんですよね。上がってくるときが問題なのです。だから彼らの体にいくら窒素が溜まっていようが、潜るコトはできる。もちろん1度目の窒素が大量に残っていて、更に40m付近で捜索活動をすれば、体内窒素量はスゴいコトになるでしょう。長時間の安全停止も必要になるでしょう。でも直後に新手の潜水士たちが到着するコトがわかっているんだから、水中で遭難者を引き継ぎ、彼らは替えのタンクでも用意してもらってゆーーーーっくり窒素抜きをすりゃあいいんじゃないでしょうか? 私の理解が間違っているのか、それとも映画を盛り上げるためにわざと間違ったのか、とても気になるトコロです。

ところで査問会での次席教官(?)の演技(「あれは訓練だったのかね」と聞かれて「はい」と答えるトコロ)は、めっちゃくちゃ好みでした。熱くなるには年をくい過ぎていて、動じずにいるには若すぎるって感じで。いやー、もう1回観たいなあ。エンドロールで席を立ちかけていた人たちが、次回作の予告に全員中腰になってザワめいていたのも、最後に笑かしてくれました。

2004.7.22

東北3日目。1日は川遊びをする予定だったので「この日だけは晴れてくれなきゃ困る」と思っていた。前日は寝付くまで雨が屋根をたたく音が聞こえていて心配していたのだけど、奇跡のように朝からキレイに晴れてくれる。買い込んできている花火もまだ手付かずだったし、この日の夕食は外でバーベキューの予定だ。助かった! ウチは薪ストーブで調理してるから、最悪家の中でやろうと思っていたけど、やっぱ外のが気分でるものね。ま、とりあえずは川だ。ちょっと歩いて村の方まで行き、そこから川を下ってウチの敷地に戻ってこようと思う。ゴール地点にはスイカが待っている(朝、仕込んでおいた)という寸法。ホントに夏休みだなー。

川は前日の雨でちょっと濁っている。けど、いつもに比べて温かいようにも感じる。鍾乳洞で寒さに慣れたせいか? 私はこの川の風景がホントにホントに好きなのだ。苔むした岩や倒木、頭上に差し掛かる木々、岩を滑り落ちる(いつもは)澄んだ水……。木漏れ日が肌に気持ちよく、調子にのってワザと深めの場所をざぶざぶと歩く。「きゃー」とか言いながら。まだ虻が出ていなくて良かった。川遊びは楽しいが、虻につきまとわれると楽しむどころではなくなってしまう。ゴール地点近くには我が家の“プール”がある。ちょっと深く広くなっていて、そこに流れ込む水は狭い1点だけしか通れない。その1点に向かって泳ぐと全然進まないから、“泳いでる気分”が味わえる。

川の風景我が家のプール
左:ちょっと濁ってます。/右:我が家のプール。

スイカを拾い、草をかきわけて家に。水がいつもみたいな氷水じゃなかったせいか、ちょっぴり冷えが足りなかったけど、体が冷えてたから良かったかも。切り分けてベランダのテーブルに運び、1列に並んで種の飛ばしっこをする。「子供の頃は行儀が悪いって言われて種を飛ばしたりしなかった」ってコは、やっぱり上手く飛ばせない。ちょいと昼寝をして、明るいうちにと家の前でバーベキューの用意を始める。石を組んで火を起こして炭に火を移して…。なんか、久しぶりにやったなぁ、こうゆうの。助言者(父母)もいたので、用意は順調に整い、鉄板と網を使って宴の準備。茄子・とうもろこし・新じゃが・キャベツ・もやし・エリンギ・アスパラガス・かぼちゃ・シシトウ。じゃがとキャベツは畑で穫りたて。豚と牛と鶏。海老。それにもちろんワインとビール。肉が少ないかなーと思ったけど、最後に焼いたお握りまで含めほとんどを食べつくしたのに、胃に負担がなくてちょうどよかった。この日は後片付けの後に花火も。盛り沢山な一日。

最終日は近くの森に散歩に行こうと思っていた。が、出かけようとした途端にかなり激しい雨が降り出す。残念だけどまた今度があるさ、と、まったりモードに変換。家にはマンガが山ほど置いてあるので、勝手に漁ってのんびり過ごしてもらう。昼には母の指導のもと、餃子作り。母の餃子は中国からきた女のコに手ほどきを受けてから、飛躍的に美味くなったのだ。友人らにも皮を伸ばしてもらったり包んでもらったり。自分ちじゃ時間も気持ちも余裕がなくてなかなかできないけど、こうゆう作業って楽しくて好き。結果ももちろん上出来。朝を食べてからあまり時間が経ってなかったのに、ぺろりと平らげてしまう。

ところで父母は今、トラブルの種(元々は友人だった人。非血縁)を抱え込んでいる。投げ出せ、と言っているのだが、そうすると他の人(トラブルの種の親族)に被害が及ぶ、と心配している。話を聞いていて「いつか何か(傷害とか下手すりゃ殺人とか)が起きるんじゃないか」と半分マジで心配なのだが……まあその話は後で書くかも(アドバイスもらえるもんならもらいたい)。とにかく私らの訪問がいい気分転換になったみたいで、良かった。友人らもド田舎を楽しんでくれてよかった。夕方の電車でムシムシ暑い東京へ戻り、夏休み終了。―――1回目のは、ね。

2004.7.21

さてさて時間を遡り、世間から隔絶された4日間の記録でも。まずは金曜日、友人3人と連れ立って我が田舎へ。昼頃到着。市場で丸ごとのカツオとスズキ、ホタテ、海老を買い込み、他にも山ほどの食料と酒と花火を仕入れ、父に拾ってもらって僻地に入る。途中から雨が降り出してしまった。東北の梅雨はまだあけていないのだ。夕方はまったり過ごし、テーブルに載りきらないぐらいのご馳走を作って、父母も巻き込んで一緒に夕食。実家の包丁がまだ怖いので(それに魚を捌く手腕に自信がないので)、カツオのタタキとスズキの刺身は母をおだててやってもらう。焼いたホタテは肉厚、カツオはぶりぶり太っていてでも脂っぽくはなく、スズキは歯ごたえしっかりでウマすぎなくらい。大根・水菜・・ミョウガ・シソで作ったサラダも美味しくて、買い込んで来たワインも飲みやすく、1日目の夜は更けてゆく……。

2日目は車で鍾乳洞へ。ウチの車の保険が適用されるのは私だけなので、久しぶりに運転をする。いまだに「こっちがアクセルでこっちがブレーキ」の確認からやっている。そんな私の運転なのに、友人2人は後部座席で爆睡。そんなに安心しててイイのか。助手席の友人はナビをやってくれたが、彼女はハンドルを握ると性格が変わる(本性があらわれる?)人だから、もっと飛ばせと唆してくるのが怖い。私は逆にハンドルを握るととことん弱気になるのである。そんな組み合わせではあったものの、なんとか無事に目的地に到着。私がここに来たのは中学生のときであるが、なかなか楽しかった記憶があるので、今回友人らを連れてきてみた。この鍾乳洞はとても小さい。人ひとりがギリギリ通れる幅のトコロもある。そして途中から足元は川になる。その川に浸かり、蝋燭を片手に探検を楽しむ趣向である。

友人らのうち2人は水に濡れても平気な懐中電灯を持っていた。首にかけたり、頭につけたりできる懐中電灯を持っているとベストであるが、蝋燭の方が趣きはある。私ともう1人は入り口近くの売店で蝋燭を買った。そして私らの足にはダイビングブーツ。ビーチサンダルで入る人がほとんどだが、濡れても構わないスニーカーで入った方がイイと思う。ビーサンだと流れてしまうのだ。ダイビングブーツは保温効果があるので更にオススメ。券売所に近づいていくと、子供を連れた男の人にすれ違った。「どこまで入るんですか?」と聞かれたので「Cコース(一番奥)まで」と答えると、「冷たいですよ! 僕たちはBコースまで行こうと思ったんだけど、水に足を入れた途端に、あまりの冷たさに子供が泣き出して、Aコースだけで断念しました」と言われる。あはは、やる気が出てくるなー。

Aコースは「濡れずに入れる」コトになっている。が、天井が低かったり幅が狭かったりは、する。そしてBコースに入ると、基本的にずっと“泣くほど冷たい水の中”を歩くコトになる。それでも最初の方はイイ。立って歩けるからである。先に進むと中腰で歩かなきゃならなくなる。それでもまだイイ。濡れるのがふくらはぎくらいまでだからである。更に進むと四つん這いにならなきゃ進めなくなる。「ここ、ホントに進んでいいの?」ってトコロを入っていくのだ。もちろん下着まで濡れるのだが、覚悟さえ決めればこれが楽しい。蝋燭を片手に持っているとなかなかバランスを取るのが難しいのだが、それもまた一興。途中すれ違った人は「何で俺、金払ってこんなコトやってるんだろう…」とボヤいていた。あははー。

ベランダで朝食鍾乳洞
左:今回は毎日ベランダで朝食を。/右:鍾乳洞の中。フラッシュをたいてしまったけど、ホントは真っ暗。歩けるの場所が腰までの高さなのが分かりますか?

この日は雨が時折ぱらつく曇天で少し肌寒いくらいだったのだが、探検を終えて外に出ると、むわっとするくらい暑く感じた。うん、久しぶりだけど面白かった。私も友人も、最近の「全てを安全に安全に囲い込んで、自分で“危険”が判断できなくなってしまう」傾向が好きではないので、この洞窟はこのまま残って欲しいね、と話す。下手すりゃ事故も起きかねない代物ではあるんだけど、あそこを安全にしてしまったら何の魅力もありゃしない。

さて、ここまでは良かったのだが……。この日は遅めの昼食を食べ、温泉に入って帰る予定をたてていた。なのに「遅めの昼食」を食べられる場所が見つからない。鍾乳洞近くにある食堂は昼食時間が終わってしまっている。途中で見つけようとしたが食堂がない。仕方ないから家の近くまで戻って「早めの夕食」にしようとしたら、目星をつけてた食堂は4時(!)がラストオーダーだと言う(間に合わなかった)。「……私らって、やっぱ都会人かな……」「どんな時間でもレストランが見つかるの、当たり前だと思ってるもんね…」「でも4時でラストオーダーってどうよ…」。じゃあ温泉施設で軽食でも、と思うと、なんと温泉施設は休業日! 三連休の初日なのに! 結局、唯一「休業」ではなく「準備中」の札がかかっていたラーメン屋で開店を待ち、やっと人心地を取り戻す。

この頃になるとしっかり雨が降っていて暗くなりかけていた。後は山道を30分ほど走ればウチである。「ねえ、ライトつけた方がイイんじゃない?」「あ、そうだねー」(カチッ)「ハイビームになってるよ」「そっか。えーっと、どうすればイイんだっけ…」(カチッ)「違う、ウィンカーだ。じゃ、これだ!」(カチッ)「……違う、これは左のウィンカーだった。えーーっと、分かった、これだ!」(カチッ)「ライト消えたよ」「消えたね…。あ、分かった、こうだ!」(カチッ)「だからそれはウィンカー!」「えー、じゃあどうよ?」。と、ロービームを入れるにも大騒ぎだったりしたが、また無事に家に辿り着く。山道で対向車や後続車がいなくて良かった。夜遅く、母が仕込んでいてくれた手打ちうどんを食す。トマトとレタスと卵、ゴマだれとラー油。ウマ〜。

≪つづく≫

2004.7.20

外界からほぼ隔絶された4日間を過ごしてきました。体に残ったのはいくつかの青痣、無数のひっかき傷と虫さされの跡、筋肉痛。いったい何をやってきたんだか…。でも去年の夏、同じ面子を引き連れて田舎に戻ったときには、左手の親指をすっぱり切ってきて、その後しばらく「親指情報日記」が続いたのをご記憶でしょうか。今回はそれに比べりゃ無傷と言っていい状態と申せましょう。……と、思っていました。帰りの電車のホームの鉄柱に頭からツッコむまでは。

自分でもなんでそんなコトになったのか分かりません。ホームの片側には乗ろうとしている特急が、そしてその反対には鈍行が止まっていました。「普通だとどのくらいかかるの?」という友人の問いに振り返り、「4時間〜」と答えて顔を進行方向に戻そうとしたとたん、ぐわぁんという音とともに激鈍痛が走りました。頭蓋骨が割れたかと思いました。眦からは涙がぼろぼろと出てきました。「い、痛い!」と騒ぐ私に、友人たちが血相を変えて駆け寄ってきました。しかし電車に乗り遅れるワケにはいきません。「とりあえず、乗ろうよ」と席につき、ぶつけた場所を友人に確認してもらうと、右目の上のでこがぷくーっと腫れ上がっていました。

車内販売の人に氷を分けてもらい、帰路ずっと冷やし続けていたおかげで、東京についたときには腫れはひいていました。寝るときにも冷えピタを貼り付けておいたおかげで、今日会社では誰にも気付かれませんでした。しかしよーーーく見ると、でこの一部がうっすら青くなっています。昨日は額の痛みに気を取られて全然気付きませんでしたが、鼻の付け根もちょっぴり腫れている気がします。そして何より右目が乾く。うむむー。ちょっと様子を見てみますが、ちょっぴりどきどきの日々がまた続きそうです。(「でこ情報日記」はやりませんよ!―――たぶん、ね。)

2004.7.15

わたくしのくせに忙しく(©こばやしけいこさん、)見たい映画が珍しくも何本かあるのに見にいけない。巡回サイトも巡回できない。でもわたくしなので、明日っから田舎で遊んでまいります。ダイビング仲間たちと一緒に行くけど、するのはダイビングじゃなくて洞窟探検の予定。あとは川遊びとか花火とかバーベキューとか……。小学生の夏休みのようですね、いつものコトだけど。てなワケで20日までは更新ありませぬ。では!

2004.7.13

また葉山で潜ってきた。ホントはボートダイビングのできる小坪を予定していたのだが、ショップの都合でダメになってしまったのである。でもまあ海は海。潜れるならばどこでもイイや、といつものように元気よく出かけていった。心配していた天気も、たまに通り雨が降るくらいで、あとは日差しがキツ〜い真夏日。休憩時間の1時間弱に、こんがり焼けてしまったよ。ショップから海に向かう途中、赤いカヌーを引っ張っている集団と遭遇する。カヌーも気持ちよさそうだけど、あんな天気じゃさぞかしいい色に焼けるだろうなあ。ま、海で遊ぶのに日焼けを気にしすぎるのもツマラない。お互い楽しみましょう。

今回は、5月に潜ったときよりもかなり透明度があがっていた。しかし透明度を楽しめるようになるまでが、葉山は大変なのである。膝ぐらいの深さの海の中をしばらく歩かなきゃいけないし、潜れる深さになるまでには更にしばらく泳がなきゃいけないのだ。波にもまれつつ岩場を歩くのは不安定でキツいし(たいてい1度や2度は転ぶ)、水面移動も体力を使う。エントリーポイントについたときにはゼイゼイいっているくらいだ。しかし一度潜ってしまえば、そして透明度が良ければ、葉山はゆったりのんびり楽しめるポイントである。あまり深い場所にはいかないので、長時間潜っていられるのだ。今回は生き物の種類も多く、あれを見てこれを見て……とひたすら水中散歩を楽しむ。

そして今回のダイビングで、To-koは大人になりました。えー……これで分かる人も分からない人も、さらっと流してください。ヨロシク。

1本目は岩場を巡って楽しむコース、2本目は砂地で遊ぶコースを辿る。どちらのコースも、潜ってすぐの辺りは海草の森になっていて、この中でよくガイドは迷わないもんだと感心する。どこを見ても同じ風景に見えるんだもの。特に2本目は浅瀬の透明度がぐんと落ちていて、しかも最初の頃は生き物の影も見られなかったので、「ずっとこのままかなー」とちょっと残念な気分になった。しかし砂地に行けば視界も広がったし、最近の私のお気に入りのコケギンポもいてくれた。コケギンポ、頭のほわほわと口が可愛いのだよー。あとやけに多かったのがカサゴ。岩の上でぼーっとしてるのでいい被写体になってくれた。今回はシャッター半押しをマスターしようと努力してみる。けどやっぱ水中で写真を撮るのは難しいわあ。

重い器材を背負っての行動にぐったり疲れたダイビングだったけど、終わると次の予定をたてたくなる。ショップでの待ち時間にダイビング雑誌をぱらぱらめくりながら話していたら、夢が広がる広がる。「なんで夢って語りだすとキリがないんだろう」っていう友人の台詞には、ただただ同感。今年はどれだけ実現させられるかな。

今回のログはコチラコチラ。写真少々あり。

2004.7.9

昨日、帰宅して簡単夕食を作ってふとTVをつけたら、やってた映画が山火事の映画で、すっっっっっっごーーーーく、怖かった……。隕石が落ちて大津波がくるより身近なせいか、同じような町民大脱出のシーンがあってもハラハラ感が違う。アメリカやオーストラリアの山火事のニュースを聞くたび「規模が違うなあ」と思っていたけど、ホント、すさまじい。とくに、山火事専門の消防隊員たちが火にまかれて逃げ場を失うシーンは、怖すぎた…。最初の頃「シェルターがどうの」って台詞があって、何のコトだろ?と思ってたけど、最後に全員がそれに入るのね。1人しか入れない銀の袋みたいので、それをかぶって火が行き過ぎるのを待つの。それで助かるコトもある(映画でも10人のうち1人は生き延びる)らしいけど、これって実際にあるアイテムなのかな……。薄いシェルターの外は燃えさかる炎なんて、想像もしたくない。こうゆう危険な仕事をしてる人には、もう、頭を下げるしかありません。

さて、明日は葉山ダイブ! 今日、これから三浦の友達んちに行きます。しかしこれだけ連日晴れておいて、ナゼ明日の予報だけ雨かなあ。あんま雨が降らないのも心配だけど、なにも週末に降ることないのに。

2004.7.8

梨木香歩『りかさん』読了。人形たちが話す場面や、人ならぬものとの語らいの場面は、波津彬子さんのファンにとっちゃあ文章版『雨柳堂』で、這子やら雛人形やらのイメージは、完璧あの絵柄で脳内展開してました。ただ、梨木さんの世界は例によって女性だけで作られている感があるので、全体のイメージは大違い。感受性の強い主人公の少女「ようこ」と、奥が深くて芯のありそなおばあちゃんの周囲で展開される『りかさん』は、ほんわかやわらかな感じがします。それもとてもステキなんだけど、私は枯れてるようで枯れてなさそな粋なじいちゃんと、雰囲気ある美少年の周囲で展開する雨柳堂の方が好みかなー、と、途中まで思ってました。

でも、これはこれで好きだわ。親善大使として米国から来たアビゲイル(その後戦争が起こって、アビゲイルは敵国の人形として……)の話は、辛くて哀しくて、でもいい話でした。汐汲の役割がイイです。うん、けっこう脇役の人形に好きなのいるな。ところでこの本には『りかさん』と『ミケルの庭』の2本が収められているんですが、その間には『からくりからくさ』って本が入るらしいので、未読の人は2冊が手元に揃ってから読み始めるのをオススメします。私は『ミケル〜』の蓉子が『りかさん』のようこだと気付かなかったので(だって蓉子って影が薄いんですもん)、ミケルが『りかさん』に出てくる移民のマーガレットの子孫で、この染色工房にようこがりかさんを連れてやってきて、アビゲイルの使命を果たすのだとばっかり思いこんで、おかしいなーまだ出てこないなーと首を捻りながら読んでしまったのでした。

さて。以下の話は日常的にお酒を飲まない人にはちーーーーとも理解されない話でしょうが。わたくし、今、自分のコトをスゴイと思っているのです。なぜなら、ここ4日間、一滴のアルコールも口にしていないから。4日も。4日も。4日も!―――ほーら、理解されない。まあ毎日飲むと言っても、私の場合平日で1人のときはたいてい缶チューハイ1本だけ(350の)ですから、カワイイもんなんですけど、でも毎日飲むのが習慣で「たまには休肝日作った方がいいよなー」と思うコトがあっても、結局なんだかんだで飲んじゃってきた私が! 誰に何を言われたワケでもなく! 体調が思わしくないワケでもないのに! なんとなーく飲んでないのですよ! すげー。昨日なんかあっちい中出かけて、アイリッシュパブの生ビールの写真を横目で見つつ、結局口に入れたのはデニッシュとコーヒーですよ! ああほら全然理解されなーい! これはスゴイことなのにー。あ、でも別に止める気なんかないですけど。週末は友達んちに行くから飲むし。来週からも普通に飲むだろうし。いやでもホント、自分でビックリしてて、誰かに言いたくて言いたくて堪らなかったのでした。

2004.7.7

お?珍しく織姫彦星会えるか?……って感じの天気だけど、梅雨はどこに行ってしまったんでしょうね? 水不足になるんじゃなかろか。

さて。七夕を狙ったワケじゃないけど、久美沙織の『あいたい。』読了。わははー。だいたいの内容は分かってて読んだんだけど、それでも読んでしまった自分に「わははー」って感じである。内容はね、ラブレターなのです。それだけ。自分を置いて取材旅行に出かけてしまった年下の恋人に20日間毎日書き綴った、とっても長〜いラブレター。なんつーか、恥ずかしいとか以前に、そのパワーに圧倒されましたわ。とくに最初の頃なんて不安定で不安定で、「はああ〜」と感心しちゃった。不安定で感心するってのも変だけど、「よくココまで恋愛にのめり込めるなあ」と。感心するといえば、ラブレターをそのまま出版する度胸(?)にも感心する。……この場合の「感心する」って、「呆れる」と極めて近いかも。イコールじゃないけどね。

恋愛にかける体力にかけちゃ虚弱体質な私としては、彼氏の取材旅行の同行者のめるさん(まんが家のめるへんめーかーさん)の居心地の悪さを、つい考えちゃった。この旅行がすでに何年も前の過去となった、そしてその彼氏と結婚済みの現在の久美さんは、「あのときはめるさんに悪かった。何も悪くないのに(彼氏と一緒の時間を過ごしているのを)恨んだりして」と言ってるんだけど、旅行が現在進行中の本の中でのどろどろっぷりは「妬いちゃう」なんて可愛いもんじゃないの。とくに最初の方は凄まじい。あれを、「わたし、そうゆうの分からないから〜」と笑って許せるめるさんは大人だなあ。なんつーか、「女の子として役にたたない」(めるさんの後書きでの発言)にもかかわらず恨まれるほど、ワリに合わないコトはないのにー。

こないだ、既婚者の友達と話してて。なんかの話の流れで彼女が「ダンナとS(彼女の家に入り浸っている一人)って、ある方面では私とダンナよりもウマがあってるけど、それで嫉妬するなんてバカバカしい。仲良くなってくれて良かったなあ、と思うだけ」って言った。一点集中型もイイけど、私らは一点集中するには浮気性すぎるよね、と。そうゆう彼女だから結婚した後も、独身同士だったときと同じようなつきあいが続いている。彼女に限らず、私の友達はそうゆうタイプが多くて、きっと私の性もそうなんだと思う。

2004.7.6

………豆腐を冷蔵庫に入れたままダメにしてしまった……。食材をダメにすると、マジ凹む。これからの季節、気をつけなっきゃ。

何週間か前、会社で私の隣に座っている人がヒドい風邪をひいた。先週、私の斜め向かいに座っている人が高熱に倒れた。今週、私の隣の人がまた咳で苦しんでいる。背中合わせに座っている人も悪寒を訴え始めた。―――な、なんなのよう! 風邪、流行っているのか? つか、隣の人は1ヶ月もたたないウチに2回もヒドい風邪を背負い込むなんて、大丈夫なんだろうか。抵抗力がないんじゃなかろうか。今週末に三浦ダイブを、来週末に友人ひきつれての帰省を、再来週末に大好き劇団の芝居を、再々来週末に伊豆ダイブを控えた身としちゃあ、気が気でない。寝込んでる暇はないのよ。

さてコチラ、こないだ実家からもらった苺で作ったジャムでございます。ウチに来たときはすでに熟れきっていて、ジャムを作るには不向きかと思ったんだけど、量が量だったので無理ヤリ作った一品。が、無理ヤリだったワリに、悪くない。ごろんと実が入ったのにしたかったのもちゃんと出来てるし、初めて甘みを蜂蜜オンリーにしてみたのも成功。ただ、本にある分量どおりに作るとやっぱ甘いなー。これが砂糖なら迷わず半量くらいにするんだけど、蜂蜜で減らすと保ちがどうなるのか、見当がつかなかったのよね。でも、この甘さなら2/3にはしても大丈夫そう。来年は甘さ控えめで、やっぱり蜂蜜オンリーでやってみようか。砂糖よりも好きな甘みだから。

2004.7.5

数日前のChiakiさんの日記に、“「親友とは、自分よりチョットだけ不幸な人」”という“定義”が出てきて、ちょっとビックリして首をひねった。そ、そうなのだろうか? 私はどうもこの手の言葉を文字通りに受けとってしまう……というより、文字通りに「しか」受け取れないので、「これはこのまま受け取っていいのか、それとも裏のニュアンスがあるのか」というトコロから考えてしまったんだけど、読めないってコトは考えても分からないってコトだよなーってトコロにしか行き着かなかったんで、それはそのまま置いておく。では「果たして私は自分の親友に、無意識に“自分よりもチョットだけ不幸な人”を選んでいるのだろうか?」。意識には上っていなかったけど、結果的には?

………。うぬー。いくら考えても私には当てはまらない気がする、この定義は。私の親友たちは(親友ってカテゴリとも違う気がするんだけど)、経済状態とか友人関係とかの環境の部分では、私より“チョットだけ幸福な人”な気がする。あえていうなら、ってぐらいの違いだけど。別に私も不幸じゃないんで。んで人格的には、不幸/幸福というのは当てはまらなくて、“チョットかなわないなぁと思う人”じゃないかしら。シチュエーションによっては私がイニシアチブを取るコトもあるし、世話をやく機会も少なくない。けど、どの人にしても何かの折にふと、「ああ、この人にはかなわないなぁ」と思わせられるのだ。それは全然ネガティブな感情じゃない。「かなわなくて悔しい、かなわないから自分はダメだ」には繋がらないのだ。ただ、シアワセな気分なる。

ところで、Chiakiさんの文章の先には“「配偶者とは、自分よりチョットだけ賢い人」だと良いのではないか”とある。まだ配偶者は持っていないので、これについて自分の場合はどうこうとは書けないが、読んだときに「この定義でいくと、私の親友って、親友というよりは配偶者に近いんじゃないか」と、ふと思った。………そうかもなあ。

2004.7.1

時間にゆとりがないと、文章がぶっきらぼうになって読み返してもツマンナイ…。おまけにプチ事件(私にとっては)を書き忘れてるし。土曜の1本目のダイビング中、初めてのレギュレーターリカバリーをやったんだったよ! 5月に葉山で潜ったときに友人がレギュリカバリーの洗礼を受けていて、「うひー怖い。気をつけなきゃ」と思ったばっかりだったのに。

友人は、咳をした拍子にレギュが外れてしまったのである。そのときは透明度も悪かったうえ、よっぽど勢いよく咳き込んだのか、外れたレギュが視界から消えてしまって、1人でプチパニックを起こしていたらしい。彼女はそのときが初ドライで緊張しているようだったので、問題を起こしていないかどうか、私ともう1人がけっこう頻繁にチェックしていたのに、レギュが外れたときはたまたま2人とも目を外していて状況に全然気付いていなかった…という、一歩間違えば危ない状況だった。この話をSさんにしたら「だから海は怖いんだよね」と言ってたけど、ホントにその通りだわ。だからって見張ってれば事故が起きないワケじゃないから、本人がどんな状況でもパニックを起こさないようになるしかないんだけど。友人も、慌てながらもちゃんとレギュのリカバリーはできたんだから、こまめに遊んでいた価値はあったんだと思う。

私の場合は、これより楽な状況だった。リカバリーの何が大変って、レギュを探すコトだと思うんだけど、私はそれをしなくて良かったのだ。あ、レギュは落ち着いて探せば必ず見つかります。その方法はCカード取るときにちゃんと習ってる。ただやり方を知っているのと、できるのは別だからねー。焦って探し方忘れて見つからなくて呼吸が苦しくなって更に焦って……という悪循環にハマって事故につながる可能性も、もちろんある。怖いね。―――話を戻して。私のレギュが外れてしまったのは、咳をしたからではない。友人の肩越しに海中の壁に開いた穴を覗き込んで魚を見ていたのだが、動き始めた友人が、去り際に私のレギュを蹴飛ばしていったのである。

レギュが外れるのが怖くて、マウスピースをかなり強い力で噛んでいる初心者は多い。噛み切ってしまう人もいるらしい。私は噛み切りはしなかったが、ダイビングが終わるとやけに顎が疲れていた。が、慣れるにしたがって、レギュはなんとなーく咥えているようになる。その方が楽なのだ。だから、友人に蹴られた私のレギュは、あっけなく口から離れていってしまった。しかし、方向が良かった。私の向いている方向に離れていったので、見失わないで済んだのだ。「あっ」とは思ったものの、私は自分でも意外なくらい落ち着いていた。逃げるレギュを捉まえ、口に咥えなおしてぷっと息を吹き込む。そしてそっと吸ってみる。一度で水が排出されきらないコトがあるので、勢いよく吸い込むと水を飲むハメになるコトもあるのだ。よ〜し、大丈夫。

自分が冷静に対応できたのが、たぶんちょっと嬉しかったんだと思う。だいぶ慣れてはきたけど、もともと水に対して苦手意識があるので、パニックにならないだけで「やりとげたぜ」という気がしちゃうのだ。水も全然飲まなかったし、怖くもならなかったし。普通に息ができるようになると、くすくす笑いがこみ上げてくる。笑うとマスクに水が入ってくるので、ちょっと困った。しかし、蹴り飛ばされたのがレギュじゃなくてマスクだったら……と思うと、怖い。そっちは全然自信がない。潜るたびにわざと水を入れるようにはしてるけど、今シーズン中に完全脱着ができるようになりたいなあ……と、これはもうずいぶん前から言ってる気がする。今年こそ!

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