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ぷらぷらす


■もう去年の更新回数超え!■

「原発あってもなくても」。外部リンクです。To-koも脱原発を強く希望します。
「あってもなくても」じゃなくて「あってはいけない」の意志表明です!

たま日記:新旧取り混ぜ更新中

2018.1.15(Mon)

藤原緋沙子『花鳥』読了。……つまらなかったです。徳川第7代将軍家継の生母、月光院が主人公なのだけど、江戸時代の話だとつい、よしながふみの『大奥』ではどう描かれていたか、記憶を探ってしまう。本をそっちのけで記憶をたどり(ああ、あのエピソードの代か)と思い出したところで、やっと落ち着いて本に戻ります。でもそしたら忠臣蔵が出てきて……ヤな予感。なんの疑いもなく、赤穂浪士を正義とする路線を採る作家とは、相性が悪いのです。(あと二・二六事件も)

私はナゼか子供の頃から忠臣蔵が好きじゃありませんでした。判官びいきの気が強いからかな。浅野内匠頭に恨みはありませんが、一方的に悪人とされる吉良上野介をひいきしたくなるのです。むか〜し、たった一回だけ吉良を被害者として扱ったドラマを見た淡い記憶があって、もう一度見たいとずっと思っているんだけど、あれは現実だったかしら。浅野内匠頭が十を聞いて一を知るような全然できない子で、なのに「ちゃんと教えてくれないから!」と逆恨みされて、吉良こそいい迷惑って感じのドラマだったのだけれど。

本に戻ると、予感のとおり最後までずっとつまらなかったです。だいたい作者がどうして月光院を書こうと思ったのかわからない。月光院に対する愛を感じない。美人なだけじゃなくて心映えも優れていたと書いてあるけど、具体的なエピソードがないので説得力がない。なにも何かを正としてるワケじゃないです。私の好みと全然違う人物造形でも、共感できたら、面白かったら、あるいは憎たらしかったら、それでいい。なのに、な〜んも感情が動かないんだもの。

さ〜て、口直しに『大奥』の家宣・家継時代でも読み返そうっかな。

2018.1.3(Wed)

ご無沙汰してます。To-koです。そして、明けましておめでとうございます。やけに暗〜い前回の日記を書いてから、なんと1年が経ってしまいました。う〜んビックリ!

近況(というか昨年の出来事)ですが、5月に祖母が息子(←私にとっては叔父)の住む近県に移り、初夏には怒涛の仕事も落ち着き(つか安月給なのでもっと残業させてくれないと生活が…のレベル)、徐々に海に山にという日常に戻りました。が、私がプチ怪我続きだったり、週末の天気が安定しなかったりで、外遊びはいつもより少なめ。つまり体を動かす機会が減ったので、怒涛の仕事続きだった時に増えた体重をキープ中。秋に3泊で熊野古道を歩くも全然体重が減らなかったので(それは歩いた分、食べていたからであろう)、さすがにマズいと思って暮れにジムに通い始めました。続けられるかどうかはまだ未知数です。

というワケで、私は変わらず何とかやっています。ただ、あまりにも家と仕事場の往復が習慣になってしまったので、今年はもう少し外に出ていきたいなあ〜と。ジムに通ったり、友達と遊んだり、親戚に会ったり、海に潜ったり、山に登ったり、旅に出たり。この日記もせめて月一では更新して生存報告していきたいな、と(誰にだ)。今年の目標というほどのコトではありませんが、生活を楽しんで、人とのご縁を細々とでも大事に保っていきたい、という心境の今日この頃です。

未だにここを覗いてくれる方がいるかはわかりませんが、もしいらっしゃるなら、ありがとう。そして、皆さまも良い一年をお過ごしください。

2017.1.3(Tue)

ぷっつり更新とまってましたが、明けましておめでとうございます。私は元気です。

やー、去年の4月に全く馴染みのない場所に配属になって、春は暇だったのですけど夏から徐々に忙しくなり、秋から冬にかけては怒涛の仕事に翻弄されてました。それでも土日の休みには山に行ったり海に行ったり田舎に行ったりできていたのが、11月初旬に同居していた祖母が倒れたコトでぷっつり途絶えてしまいます。

祖母は親族ながらまさに“スーパーおばあちゃん”と呼びたくなる人で、とにかく元気でした。同居していても手助けしていたのはホンのちょっとだけで、自分周りのコトはほとんど自分でやっていた。お互いもう少し若いときはぶつかるコトもあったけど、最近は仲良くやっていたと思います。一緒に親族を訪ねたり、外食したり。ただ、私が忙しくなってからは日々のコミュニケーションは不足ぎみで、祖母は内心ちょっと寂しい想いをしてたと思います。それを感じながらも余裕がなくて、1日少しの時間を割いてあげられなかった。

祖母は「ぴんぴんころり」を目標にしていました。そのためにすごく努力をしていて、その点では文句なしに尊敬してた。実際に元気だったし頭もしっかりしていたし、私を含めた親族の誰もが、祖母は目標を全うすると信じてました。年齢的にはいつ亡くなってもおかしくない年齢だから、朝起きてこなくて確かめてみたら大往生していた、というようなシーンは想定してました。それならば、もちろん悲しい想いはするけれど、時間が経てば「最後まで元気で希望通りの逝き方だったね〜」と受け入れられたと思う。けど体が不自由になって人の手を借りねば生活できなくなって、会話もあまり成り立たなくなってしまった。この状態を受け入れるには時間がかかりました。

当初はせっせと病院に通いながらも、変わってしまった祖母の状態を見るのがつらく、自責の念もあってかなり落ち込んだけど、やっと「起きてしまったコトは仕方ない」と諦められるようになりました。ホントにね、今こうゆう風にできるなら、元気なときにもっと一緒の時間を過ごせば良かった。月並みな台詞だけど人間て、てか私て、ホントばか。何度繰り返しても、無くしてからしか大事さには気づけない。それが一番、悔しい。

んでもね。これからが長丁場。自分の時間も少しずつ取り戻しながら、新しい生活パターンを作っていきたいと思います。だから今年の目標は「ぼちぼち」(仕事もぼちぼち、ならいいけどな〜。残念ながら怒涛状態はしばらく続きそうです)。遊びもちょっとずつ再開させます。今年もよろしくお願いします。

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