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2001.6.29

今月頭に買った児童書にすっかりハマッている。大きくて重たいので最初のうちは寝る前にだけ少しずつ読みすすめていたのだけど、いつしか止められなくなってしまって通勤時にも持ち歩く始末。こないだ友人に会ったら笑われた。だろうな。この子供たちの冒険シリーズを初めて読んだのは中学生のときなのに、今も変わらず面白い。私が成長していないのか、物語が優れているのか。後者だと思いたいんだけど。当時感情移入して読んでいた登場人物とは違う子が可愛くて仕方なかったり、周囲の大人とのやりとりにほろりとしたり、また違った魅力を感じているから。

しばらく前から続いていた体の不調からはほぼ回復。この回復のきっかけが笑えるんだけど、27日に芝居を見に行った帰りに同行の友人と食事をしたときのコト。お店に入るまではやっぱり食欲がなくて、メニューを見ながらも「ごめん。ちょっと体調悪いから、自分が食べられるだけにして」とか言っていた。彼女も大食い仲間なので、ちゃんと言っておかないとすごい皿数を注文してしまうのだ。そこであっさり系の料理だけを4皿頼んだのだけど(私たちにしては控えめ)、運ばれてきた料理の量は予想を遥かに越えていた。そう、それまで気付いていなかったが、そこは大皿料理の店だったのである。

1皿の値段はそう高くないのに、サラダなんか5〜6人前くらいはあって、これは健康なときでも2人じゃキツい。そして私たちはお店で頼んだものを残すのはキライなのだ。これはがんばれるだけがんばるしかない。私たちはがんばった。幸いなことに料理はとても美味しかった。気が付いたら「食欲ない」状態ではなくなっていた。多分人から見たら「よく食うなーあの女たち」状態だった。さすがに全部は食べられなかったけど、私たちは最善を尽くした。意地汚いと言うなかれ。これは礼儀だ。

きっと体の方はもっと前に復調していて、気持ちだけで不調を続けてたんだと思う。ホントに調子悪かったらあんなに食べられるワケがない。あれ以来吐き気はなくなるわ料理する気力も出るわ、かなり状態が良くなった。少し早い夏バテだったのかも知れない。今まで経験なかったので、わからなかった。毎年夏バテする人は大変だよなぁ。それにしても、美味しいものを食べて回復ってのはとっても自分らしくて、ちょっと嬉しい。

2001.6.28

新国立劇場で野田秀樹の『贋作・桜の森の満開の下』を観てきた。野田さんの夢の遊眠社と鴻上尚史さんの第三舞台が並び評されていた頃から、私は一貫して鴻上さんの書く物語の方が好きなのだけれども、それでも野田さんの空間の使い方はスゴイと思う。新国立劇場は外から見たことはあったけど入ったのは初めてで、めちゃくちゃ広い劇場だった。でも野田さんはその空間をいっぱいいっぱい使って魅せてくれた。私は小さな劇場の方が断然好きだけど、広い劇場を使うならあのくらいの派手な演出をして欲しい。ラストの大量の桜が降りしきる中での立ち回りは圧巻。

それにしても新国立劇場はばかみたいに広くて無駄にキレイ。あれで採算取れるのか、余計な心配をしてしまう。同じ金を使うなら、小さな劇場を10個作った方がよっぽどいいと思うんだけどなぁ。もっと気軽にお芝居を観に行ける環境を作ってくれた方が、よっぽど演劇を観る人を増やせるのに。芸術活動への援助とか言って、使いにくい立派な入れ物だけを作るってのは、本末転倒でしかない。それに昨日の観客のマナーはひどかった。舞台見ながら感想言うわ、変なところで拍手して台詞をかき消すわ。隣の席に座った女2人なんかずっと喋りっぱなし。頼むから他の観客の邪魔だけはしないでくれよぅ。

多分舞台見たことなんかないんだろうなぁ。あったとしても何かの発表会とかその程度で。昨日みたいに芸能人が出演している舞台だと、演劇に馴染みのない人が大勢押しかけるのも仕方ないのだろう。しかも劇場は大きくて、役者との距離が遠い。テレビを見ているような感覚になってしまうのかも知れない。……とはわかっちゃいるが、アタマにくる。オペラを見るとき、歌舞伎を見るとき、芝居を見るとき、それぞれに違った作法があると思う。本人が楽しむのはいいけど、場の雰囲気を壊さないだけの良識が欲しい。ってやっている人は気付いてもいないんだろうけど。

あと席単価もおかしいと思う。私のはS席で7350円もしたのに、舞台の奥1/3は見られない。客席部分が扇形に広がっているから、ド真中じゃないと舞台の袖が邪魔になって、死角ができてしまうのだ。さすがに芝居は前っ面でやってくれたからちゃんと見えたけど、せっかく奥行きのある舞台を作っているのに、その奥行きが全然実感できない。ありゃいいとこA席でしょう。ホント劇場って見栄えだけは立派なくせに、見にくいのが多くて困る。舞台を知らない人が設計しているのかしらん。

役者はと言うと、堤真一・深津絵里・古田新太・京野ことみと豪華キャストだったけど、一番良かったのはオオアマ(大海人皇子)役をやった入江雅人さん。いやいや見事な皇子っぷりで、特に戦場に立つ姿はカッコ良かったです。しかも前半での恋の破局のシーンで、京野ことみ演じる早寝姫が「わたしの恋はまるで全盲の盲導犬。…これ以上先の見えないことはないわ!」と叫んで退場したあとに、「わたしの恋はまるで全裸のスティービー・ワンダー」と言い出すので何かと思ったら、「……これ以上黒いものはないわ!」と言い残して走り去ったのがすっっごくツボにはまってしまって、しばらく笑いが止まりませんでした。(まだ上演中なので一応隠しておきます。)

もし宝くじが当たったらやってみたいコト。桜の時期に吉野に滞在して、下千本、中千本、上千本、奥千本と桜が登っていくのを見てみたい。吉野はさすがに観光地になってしまっているのだろうが、理想としてはどこか桜だけしか見えない場所で、周囲が暗くなるまでただ寝転んで過ごしてみたい。辺りはしん、と静まり返っていて、ただ桜だけが気の狂ったように舞い散る場所で、鬼に引かれる雰囲気を感じてみたい。…ってホントに引かれちゃいそで怖いけど。

2001.6.26

篠田節子『百年の恋』読了。初めて読んだ人。何人かのお気に入りの作家さんはいても、知らない作家の作品はあまり新規開拓しないので、多分誰かのおすすめ書評を見て読んでみたくなったんだと思う。図書館で予約をしてからずいぶん待たされたので、きっかけは忘れてしまった。読みやすかったけど、残念ながら私の好みには合わなかった。

これを読んでツクヅク思ったのだけど、私は登場人物に感情移入できない話はダメだ。これの内容は、バリバリキャリアで美人で聡明でと外面は完璧なのに家の中ではだらしなくヒステリックな女と、低所得で押しも弱く取り柄が思いつかない男が結婚して子供を作る話。どこに感情移入していいんだかわからないうちに話が終わってしまった。…感情移入できないとダメってのはちょっと違うか。登場人物に好意が持てるかどうかだ。プラスの方向に自分と違うってのは全然平気。てか好き。

この話の問題提起はわかるんだけど、同じ問題を悩むなら私が好意を持てるタイプの人に悩んで欲しい。それだったらもっとずっと面白く読めただろうけど。だいたい話の始まりの結婚にしろ、彼女が彼を選んだ理由が全然わからない。彼の方も、最初は口べたで収入はないけど他の魅力はあるってキャラなのかと思ったのに、あっという間にその幻想はうち砕かれた。途中からイライラしっぱなし。迷う人は好きなのになー。私には全然理解不可能なところで悩まれても、何にも感じようがないのよ。

今日お昼に会社の子とハムレットの話をしていたんだけど、あれもダメです。“To be or not to be”って、どっちでもいいから早く決めろ、と言いたくなる。悩むのはいいのよ、悩むのは。私がイヤなのは「私は今悩んでます」って誰彼かまわず宣伝するキャラクター。結局周囲を巻き込んで全員不幸になるんだ。…こんなんだから名作と言われる作品の多くが苦手なんでしょう私は。

現実では、友人が大変なときに「しんどい」と言ってくれなかったりすると、自分もある程度解決してから話すことが多いのを棚に上げて「少しくらい頼ってくれてもいいのに」と寂しさを覚えたりもするんだけど、やっぱり現実に求めるものとフィクションに求めるものは違うってコトか。それと基本的にハッピーエンドが好き。だからみんなシアワセになろうよねぃ。

2001.6.25

昨日の『どうぶつ奇想天外!』の特集は良かった。タテゴトアザラシの、たった2週間の子育てのドキュメント。ああ何でアザラシの目ってあんなにうるうるしてるんだろ。あの潤んだ瞳でああ切なげに泣かれちゃ(母親を呼ぶ声がすごく切ない)何でもしてあげたくなってしまう。でもあっさり死んじゃうんだよねぇ、母親とはぐれた赤ちゃんアザラシが。あと泳ぎを覚えたばっかりの赤ちゃんアザラシの映像も良かった。やっぱり最初はじたばたと不器用な泳ぎ方してるの。愛しいぞぅ。

でも素材が良かったから面白かったけど、ナレーションが煩かった。変に煽り立てるみたいに感情込めて「それが大自然の掟なのだ!!」とか紋切り型に言われても。つい「所詮『奇想天外』だもんな…」と思っちゃうじゃない。基本的に動物のドキュメンタリー番組は大好きなのだけど、撮り方によって印象は大きく変わってしまう。私はなるべく演出をつけないのがいいなぁ。上手い演出ならいいんだけど、ほとんどのは“大自然の厳しさ”だの“無償の愛”だのを薄っぺらい言葉で変に感傷的に語ろうとするんだもん。現場で対象動物の世話や観察を長年している人が言うと、同じ内容でも重みがあって面白いんだけどねぇ。

さて23日に書いた「人からの言葉がササるタイミング」。結局わからなくて、まとまってもいないけど、でもちょっとだけ書く。私は今までに何人もの人からいくつもの「ササる言葉」をもらっている。それは嬉しい言葉だったり、ちょっと厳しい言葉だったりするのだけど、どれもが私にとっての大事な財産だと思う。だがそういう言葉をくれる人が親しい人かと言うと、そうでもない。旅先で会った人だったり、友人のそのまた友人で一度会っただけの人だったりもする。しかも相手が親身になってくれているかどうかも関係なくて、多分言った方は10分後には忘れたであろう言葉を、私は10年後まで大切に抱えていたりもする。

要はタイミングとしか言いようがない。ってそのままだけど。同じコトを言われても、ササるときもあるしササらないときもある。ただ、これは受け取り手の問題なんじゃないかなーとは思う。外界からの全てをシャットアウトしたいときもあるし。でも私に限って言えば、どうしようもないドン詰まりの状況から脱出できるキッカケは、そういうササる言葉であることが多く、そういう言葉をかけてもらったときに、すぐにそれに気付ける状態でいたいと思う。迷っているときは視界が狭くなりがちなので、なかなか難しいんだけど。ま、私は一人でいるのがそう苦にならない、一人でいる時間も必要とする人間だけど、それでも一人じゃやってけないってコトだ。当たり前か。一人でやっていきたいと思っているワケでもないし。

ちょっと前に、私を「オープンな人」と評してくれた人がいて、これは“もらって嬉しい褒め言葉”のかなり上位に食い込んだ。そうありたいと思っているので。ただ、彼女はやたら大げさな褒め言葉を連発する人で「あの人は人類の宝ね」とか平気で言う人だから、真に受けて舞い上がっていられないのが残念だった。

2001.6.23

「シュワルツェネッガーとスタローンの違いは、役が暗い過去を背負っているかどうかだ。もし『コマンドー』の主演がスタローンだったら、飛行機から飛び降りる際にケガをする。そのケガを押してクライマックスまでもつれ込み、最強の敵との一騎打ちのときにケガがうずいて観客の同情を誘う、そういう姑息な演出があったハズだ。でも私は飛行機から飛び降りてもケガ一つせずに元気に走り出すシュワちゃんが好き」と書いていたのは、たしか森脇真末味さん。昨日TVをつけたら、ちょうど『コマンドー』が始まるところで、その元気なシュワルツェネッガーを見ていたら、つい最後まで見入ってしまった。

森脇さんは続けて「でも『プレデター』のシュワちゃんはダメ。頭を使ってモンスターを倒すなんて、まるで人間みたいだ。彼は筋肉だけで戦わなくては」と言っている。まぁそこまでは言わないけれど、前半部分にはまったく同感。私もスタローンのあの暗い演技はキライで彼の映画はほとんど見ていないんだけど、シュワルツェネッガーの映画、特に『コマンドー』や『トゥルーライズ』はかなり好きだ。ばかで可愛い。下手に中途半端な正義感を振りかざすヒーローよりよっぽどいい。

久しぶりに見たシュワルツェネッガーはやっぱりばかで、娘を人質に取られているのに、犯人グループの要求も聞かずに殺し、娘の居所を知っていそうな男もうっかり殺し、都合良く別の手がかりを見つけて敵の本拠地に乗り込んで、相手かまわずの好き放題。もう気持ちいいくらいの出たとこ勝負。車の助手席を外すのは果たして必要なんだろうかとか、何でボート漕ぐのに黒いビキニ一丁にならなきゃいけないんだ、とかツマラナイ疑問は抱かせない勢いがある。ホントか。

そんなワケで頭を使う必要のない映画を見て、ぽやーんとしたままでメールチェックをしたら、届いたメールの1通にやられた。何だろ、全然予想してなかったからか、すごくぐっさりササってしまって「ああ私のココロにもまだこんな柔らかい部分が…!」ってびっくり。いやすごく嬉しい内容だったんですが。で、それがきっかけで「人からの言葉がササるタイミング」とかいろいろ考えてました、今日一日。まとまったら書くかも。ホントにどうもありがとうでした。

2001.6.22

……うひゃあ。

確か前にもやった気がする。酔っ払って更新。そのときも「もうやらない」と書いたのに。だから早く目次作れって!>自分。

書き出すまでは素面だったのよ? でも昨日の夜も固形物を食べる気がしなくて、だからワインをこぽこぽと…。私のワインの適正量はボトル半分なのです。2人で1本がちょうど。でも外で飲むときとは違って、自宅でしかも何かをやりながら飲むと、自分がどれだけ酔ったか分からなくなりませんか。1、2杯目なんかかえって頭が冴える気がするし。あくまで気がするだけなんだけど。昨日は、文字を打ち込みながら無意識にお代わりを注いでいたら、1本空けてました。読み返すとどの辺りから酔いが回ったのかよく分かって赤面モノです。話が飛びまくって行くつもりだったトコロに行き着いてないし、最後には「まぁイイや」って何だ、ばか。

最近、毎日読んでいたサイトが閉鎖しちゃったり、あるいはすごく大変そうな状態に陥っていたりして、それを読むしかできないもどかしさや、もやもやしていた鬱憤が出てしまったようです。今、私は30くらいのサイトの日記を楽しみにしているんだけど、定期的に読む日記書きの方には、やはり親近感を抱くじゃないですか。程度の差はあれ。でもその中で、メールを出して直接感想を伝えているのはごくごく一部で、残りの方たちは私が親近感を抱いていることも、読んでいることさえ知らなかったりします。これは親近感の度合いとは関係なしで。で、そういう日記書きの方との距離感を、上手く自分で処理できないコトってありません? …うーん、素面で書いても分かりにくいですよね、すみません。

それは書き手の問題ではなくて、完璧に私サイドの問題です。今の私の状態って、Web上の日記を読んでいる人の多くが通った道なのかも知れません。自分でサイトを作ったら、何か変わるかとも思ってました。それがサイトを始めた理由じゃないですけど。結果、変わったこともあるし、変わらないこともあります。もどかしいときには、やっぱりもどかしいです。ありがとう、とか、元気出して、を上手く伝える方法が見つからなくて。そもそも伝えた方がいいのか、それすらわからなくて。

私はまだまだ経験が少なくて、これから覚えるコトも多いでしょう。サイトは自分のためにやっているのですけど、そんな中で私がもらっているものを、少しでも返せるようになりたいな、と思うのです。現実世界の友人たちに対するのと同じように。

…てなコトを昨日書きたかったのでした。私の中での根は同じなんだけど、どーよこのニュアンスの違い。

2001.6.21-2

食欲がなくってね、いや、おなかはすくんだけど食べ物を前にすると食べる気がしなくてね、何かは食べたいんだけど、何を食べていいかわからなくて、特に夜がダメで、ご飯の匂いをかぐと軽い吐き気がするの、と症状を会社の女の子に話していたら「悪阻なんじゃん?」と言われた。……私も話しててそう思ったけど(笑)そんな甲斐性はないのだ。ガブリエルが白百合を片手に現れない限りその線はない。

ああ今日は真面目に書こうと思ってたのに! 切り替えます。最近、日参しているサイトのせいか頂いたメールのせいかオフ会での会話のせいか、“私がWeb日記を書く理由”を考えている。元来あんまり自発的に理由を考えない人間なので、いきなり「何であなたはそうなの?」と聞かれると言葉に詰まるコトばかりなのだが、一度気になりだすと考えこんでしまうのだ。だいたい学生の頃、私は“哲学”ってのバカにしていた。哲学って「人生とは何ぞや」とか「人は何のために生きるのか」とか「愛とは何だ」とか、絶対に答えの出ない無駄な思考をひねくり回して喜んでいる暇人たちのモノだと思っていた。(すみません、今だって哲学は何にもわからないけど、そんな風には思ってません。)

だけど20歳を過ぎる頃から悩み事も多くなって、そうなってやっと「そうか、これを突き詰めると、“人は何のために生きるのか”って話になるのか!」と気付いてからは考えもちょっと変わった。そして自分では大発見をしたような気になって、母親に「哲学ってそういうコトなんだね」みたいな話を得々としたら、「遅いよ! 普通そういうのは思春期の頃に考えるもんだよ!」と言われて、ひどく驚いた。ホント? 世の中の人ってこんな小難しいコトを、そんな若い時期に考えるもんなの?

えーと、話がズレました。そんなこんなで“私がWeb日記を書く理由”。端的に言っちゃうと「人が書いているのをみて自分もやってみたくなった」だけなんだけど、それじゃ話が終わっちゃうので、もう少し考えてみる。去年、私がやっといくつかのお気に入りWeb日記を定期的に読むようになった頃のこと。その頃、一番真っ先に読んでいたのはセガミさんの馬的思考01だった(現・馬的思考02)。その中に、こんな文章があった。

言葉は暗闇に射かける矢のようなもので、届くとも届かぬとも知れないのですが、相手そのものを打ちぬくよりは放つ者の存在を知らせるためにあると思うのです。馬的思考・2000/5/24の日記より引用)

ちゃんと記録を取っていないのでハッキリしないのだけれど、セガミさんに初めて感想メールを出したのは、これを読んだ前後だったと思う。「暗闇に射かける矢」と言う割に、彼の放つ矢はぷすぷすと私によく刺さった。そのうちに刺されてばかりいるのが悔しくなった。いや、違う。「あなたの射った矢は、無駄に落ちてない。ちゃんとそれに刺さっている人がいる」というのを知らせたくなったのだ。だから私は感想メールを書いた。多分その時にはもう、私は自分で矢を射たくなっていたのだと思う。

その後、毎日覗きに行くサイトも増えた。どれもが「刺さる」モノばかりではなかった。読んで、ほわ〜んとした気分にさせてくれる優しい文章や、自分にも覚えのある悩みを綴った文章、思わず笑ってしまう文章…。その形はそれぞれだった。どれもが、私と共通項があるような気がした。私の文章も彼/彼女に伝わるかも知れない、と思った。毎回感想メールを送るだけでは物足りない。彼/彼女に触発されて書いたものを、私は彼/彼女に読んで欲しかった。共感してもらえれば嬉しい、と思った。

もちろん、彼/彼女に私の書いたものが必ず届く、と思っていたワケではない。向こうの射程距離の方が長ければ、向こうからの矢が届いても私の射った矢は届かない。だけど届くところに誰かがいるかも知れない。それはサイト運営者ではないかも知れない。私の方からは全然知らない誰かかも知れない。私の射程距離に、誰もいない可能性だってある。ただ、百万分の一の可能性でも、私の矢が誰かに届く可能性のある限り、私は矢を放ってみたかったのだ。

少しだけれども、私の文章を褒める言葉をもらうことがある。それは嬉しい。ホントに嬉しい。もともと日記をつける習慣があったワケではなく、サイト開設当初は続けられるかどうか不安だった。旅日記や感想文をメインにして、日記は気が向いた時だけにしようと思っていた。だから「たま(にしかつけない)日記」にした。ここのところ、日記しか書いていない。書きたいことが山ほどあるからだ。多分、サイト開設以来5ヶ月も経っていないからだろう。まだ当分は平気だと思うけど、1年もすれば私も飽きるかも知れない。他にやりたいコトができるかも知れない。予想のしようがない。

私は誰かに読んでもらうために、この文章を書いている。だけど誰かのために書いているワケではない。誰かが「あなたの文章が好きです」と言ってくれるのを、私が嬉しいから書いているのだ。ひゃー自己中だけどそうなのだ。今のところ、私はネット上のトラブルを経験していない。トラブルが起こった時にどうなるのか、それは起こってみないと分からない。だけど今、私にとって、この場所は大事だ。自分が矢を射るばかりではなく、人が誰にともなく放った矢を受けるのが好きだ。失いたくないと思う。

うー、何だか桑田乃梨子さん『男の華園』の仲手川汐里先輩(小説書き)が言っていた「自分のことを知っているのが自分だけじゃ寂しいから、書くんだよ」を引用しとけば済んだような気がするなぁ。こんなに長々と書いといて。おまけに偉そうなコトを言っている割に、私の日記は「どこどこの役者がカッコいい」とか「あのマンガがいい」とか「仕事がつまらない」とか、そんなとこ止まりだったりして。ごめんなさいねー。それは私の限界って言うか、素質って言うか、なんて言うか。

おまけにも一つごめんなさい。今酔ってます。だから書けるんです。シャイなんで。素面でカッコいいこと書けるようになりたいよぅ。て全然カッコいいこと書いてないくせに。明日あたり、読み返してめげるかも知れません。話の筋、通ってない? ……まぁイイや。

2001.6.21

やっぱり私はほのぼの系だそうです(←ってメールを1本もらっただけ)。いや、ホントはそう言っていただけるのは嬉しいです。ありがとうございます。褒めてもらえるというのは、それがどんなに自分の考えてる自分像と相容れないものであっても、単純に嬉しい。ほのぼの系ってのは褒め言葉とは違うかも。でも好意的な評価と受け取って喜んでます。こういうときに「褒めてもらったけど、きっと半分くらいは社交辞令だから割り引いて考えなくちゃ」とか考えないから、私の根拠のない自信はどんどん大きくなっていくのでしょう。いいのか悪いのか。

気の合う上司Aが病に倒れてしまいまして、今週は気の合わない上司Bとべったりです。どんどん雰囲気が険悪になってゆきます。例えば仕事がカレーを作ることだとすると、私や上司Aは、美味しいのを作っておなかをすかせた人に満足してもらえればいい、と思ってカレーを作ります。特別な注文(肉は鳥にしてくれとか)があるなら、事前に打ち合わせます。上司Bは普通のカレーを注文しておきながら、後になって「トマト入りの夏風カレーがよかった」と言い出すタイプです。そして私がカレーを作り直している間、おなかをすかせた人は無駄にぽーっと待っています。ああ。大人気ないとは思うのですけど「最終的に欲しいプランを先に出してください」の台詞も、私の目つきも、どんどんキツくなっていきます。こりゃ今度の契約は打ち切られるかも知れません。

それはいいけど(いいのか?)先週の中頃から胃の調子がおかしくて、それは問題です。とは言っても人並みに飲んだり食べたりはしているんですけど、特に夜、食欲がありません。私はまず滅多なコトでは食欲がなくならない人です。風邪を引いたら「やった、何のお粥食べよっかなー」と思う人間です。だから食欲がなくなると、一気に大病を患っているような気になります。うーん、他は元気なんだけど。19日は休肝日にしたし、懺悔までしたのに良くなりません。懺悔はともかく休肝日は効くかな、と思っていたのに。効果がないなら仕方ないので、早速ワインを空けました。この自堕落さがイカンのでしょうね。

なんだか最近、郷ひろみが目に付きます。やたらTVに出てません? 芸能活動中止(休止?)前の荒稼ぎなのかしら。よく知らないけど。この間なんか、ついうっかり新曲を歌っているところを見てしまいました。前から彼は好きじゃないんですけど、新曲はとっても恥ずかしいです。レディースコミック並みに恥ずかしいです。人が歌っているところを見るのは大好きなのに、彼のはダメ。彼に代表されるような痛々しい中年芸能人を見ていると、ステキな年のとり方をしたいなぁとシミジミ思うのです。

2001.6.19

なんだか今月はすごい勢いで日記を書いているらしく、月の2/3しか過ぎていないというのに、もういつもの一月分くらいは書いてしまった。その分他の更新は止まっているけど。それにそろそろ自分が過去に何を書いたかわからなくなっている。何かを見ての感想とか、思うことなんかはそうそう変化はないだろうし、このままでは記憶力の悪い私は前に書いたことを忘れて、何度も同じことを書いてしまいそうで心配。私も日記の目次を作った方がいいかもしれない。……よし、作ろう。

方針が決まったところで、今日は懺悔をします。一週間ほど前、会社に来た見知らぬ営業さんに大変無礼な振る舞いをしちゃいました。ホントに大人としてしちゃいけないコトをした、と反省してます。ごめんなさい。

人間観察が趣味、というワケではないのだけれど、ときどき電車や街で見かける見知らぬ人から視線を外せなくなることがある。相手はとんでもない美男美女だったり、逆にその、なんと言うか、とっても顔に不自由な方だったりする。人間は顔ではない。それは分かっているし、好みの顔はいわゆる端正な顔立ちではない。体格的には私も規格外だ。(顔もとは言わないで。)混んでいる電車に乗って「うわぁ、混んでるね」と言ったら、全然知らない酔っぱらいのおじさんに「あなたみたいなデカいのが乗ってきたから混むんだよ」と言われた経験もアリ。それなのにそういう平均から大きく外れている造作を見ると、どこがどうなってそうなっているのか解明しようとして、ついつい不躾なほどに見つめてしまうのだ。

その日、受付から私の部署に内線が入った。出てみると、とある大手派遣会社の飛び込みの営業だった。たまたま担当者が席を外していたのでその旨を伝えると、名刺だけでも預かって欲しいと言う。仕方なく受付まで出向いたのだけど、自分が派遣スタッフであることを伝えなかったので、その営業さんは私相手に売り込みトークを始めてしまった。そしてそれを聞くともなしに聞いているうちに、私は彼の顔から目が離せなくなってしまったのである。

彼は不細工ではなかった。けど面白い顔をしていた。そして極端なほど人の目を見つめて話をする人だった。私も視線を合わせる方なので、気が付くとお互いに、まるで勝負でもしているみたいに視線を絡ませあっていた。ガタイのいい私よりも、彼はほぼ頭一つ分背が低く、その低い位置からひたすらに一途に見上げてくる。どう見ても“先生に一生懸命言い訳をする生徒”みたいだった。その時点でもう私はおかしくなってしまった。そのうちに、彼の顔の真ん丸い輪郭とか、濃い眉毛とか、くりくりした目とか、日本人には珍しい外側にくるんと丸まっているまつげとか、小さくて厚い唇とか、そういうものが上手く言えないんだけど渾然一体となって、私に妙な作用を及ぼし始めた。やばい、と思った。このままでは笑ってしまう。だがお葬式とか試験とかの沈黙の中で、なぜだか笑い出しそうになったことはないだろうか。笑ってはいけない、と思えば思うほど笑いがこみ上げてきて、どうにも止められなくなってしまったことは。私は完璧に、その状態に陥っていた。

だめだ、このままではいきなり吹き出してしまう。一応真面目な顔で真面目な話を聞いているのに、目を合わせたまま笑い出してはもう申し開きができない。目をそらせ、そらすのだ。私は受け取った名刺に目を落とそうとした。その瞬間、気がついた。彼の頬がとてもきれいなバラ色に染まっているのコトに。(そうか、今日は寒いから…。田舎の中学校では、みんながあんな頬をしていたなぁ。)その考えが頭に浮かんだのが、ダメ押しだった。何であんなコトがあんなにおかしかったのか分からない。が、私は限界を超えてしまった。そのとき彼が「それでは、よろしくお伝えください。」と言った。 !! やった、終わった。後は私が一言「はい、ではお預かりいたします」とか何とか答えればそれでいい。私は口を開いた。

私の声は、隠しようもなく震えていた。そしてそれがまたおかしくて、今度は肩が震えた。これじゃ笑っているのがバレバレだ。でなけりゃ泣いていると思われてる。ちらっと目を上げると、相手が怪訝そうな表情を浮かべているのが見えた。そりゃそうだ。受付前には私たち二人しかいなくて、何の面白いコトも悲しいコトも起こってはいない。私は必死になってやっと「それでは」という言葉を絞り出し、彼に背を向けて、逃げた。

ごめんなさいっ! いや、ホントに失礼でした。あなたの顔は笑っちゃうほど変でも、泣いちゃうほど怖くもないです。ただあの、ひたむきな眼差しは止めておいた方が無難だと思います。そして12日の日記で接客態度が悪いと責めた店員さん。もしあなたにも私と同じ現象が起きていたのだとしたら、私の非難は取り消します。いきなり笑われるよりは下を向いていられた方がマシです。それから神さま、こんなどうしようもないことで懺悔をされても困るでしょう。もっともです。まとめて、ごめんなさい。

2001.6.18

さてオフ会。まさかサイトを開設してから半年もしないうちにオフ会を経験できるとは思っていなかったので、お誘いを受けたときには心の準備ができていなくて、かなり慌てました。しかも馬的思考のだし。セガミさんの文章はずーっと前から読みつづけてましたし、お会いしたい気持ちはあったのですけど、怖い人のイメージがあったので下手に行ったら切られちゃうんじゃないかともうびくびくもんで。結果的には、初めてのオフ会がセガミさんのところので、すごくラッキーでした。参加メンバーは主催者のセガミさん、アホガメさんせいまさんちあきさんヒロタシさんンタロウさん、ワトソンさん、私。

オフ会初体験の私はもちろん全員と初対面だったのですが、ほとんどのサイトは事前に知っていました。不精なもので、感想メールも出さずにこっそり読んでいただけなのですけど。おかげで参加メンバーのイメージは何となくできていて、それと実像とのギャップが面白かったです。

セガミさんの知識量には感服。きっと頭の中にはすんごい量の、役に立つ知識や立たない知識がぎっしり詰まっているんでしょう。それがきちんと整理されていて、何の話題になっても大丈夫って感じ。思っていたより怖くなくてほっとしました。ビデオ上映会、ぜひ実現させてください。

アホガメさんには裏切られました。多分中では一番強固なイメージを持っていたんですけど、全然違う。これを書いている今、TVではおやじダンサーズが踊り狂っているのですが、この中の一人が踊りながら出てきて「アホガメです」と言った方がまだすんなり納得できました。

せいまさんは最年少。ギリギリになってからやっと彼のサイトを見にいったんですが、まずプロフィールの生年月日を見て、自分との年の差をとっさに計算できませんでした。彼が話題に出してくるマンガ作品は、当たり前ですがちっともわかりませんでした。やっぱ帰れなかったんですねー。でも泊まれるところがあってよかったよかった。

ちあきさんは自然に心配りのできる方で、大人だなぁと思っちゃいました。何歳も年下のあなたに「学生さんですか?」と聞かれたときは、つい言葉を失ってしまいましたよ。まだまだいける? それとやっぱ石膏像の中には生手首ですよね! こちらからも末永くよろしくお願いしたいです。

ヒロタシさんもイメージとギャップがありました。もっとひょろっとした小柄な方を想像してました。…これは理数系の人に対する私の偏見か。数学の話をされると、途中からついていけなくなります。ちあきさんの出した問題を即、解いたのには脱帽。ドラクエマップの話は、今度サイトのトーラスを見て考えなくちゃ。

ンタロウさんは突っ伏して寝ているのかと思っていたら、いきなりむくりと起きあがって会話に加わってくるので、油断できなかったです。この方も話題が広そう。ちあきさんと一緒にかもし出す雰囲気が素敵で、お二人の家での飲み会はすんごくくつろげるんだろうなーと思ってました。

ワトソンさんとはあまりお話できませんでしたけど、とても面白い方なのでは…と思ってお話聞いてました。奥が深そう。それに毒もありそう。毒ある人好きです。それにしても、あのデザート攻撃はすごかった。おなか丈夫ですね。

一軒目の店では、お酒弱い方々が「アホガメさんが来るまではもたせないと…」と呪文のように呟いていたのが印象的でした。でも来たときには2人突っ伏してましたけど。話はあっちへいったりこっちへいったりで、どれも面白かったです。セガミさんとワトソンさんの昔話なんか聞けてよかったなぁ。あとはマンガの話とか映画の話とか。私、自分ではかなりのマンガ読みだと自負していたんですけど、ジャンルが違うと全然わかりませんでした。青年誌や少年誌のは弱いなぁ。でも話を聞いているのも楽しかったです。あと皆さん業界の裏話とかやたらに詳しいですよねー。どこから仕入れてくるのでしょう。

仕事帰りのアホガメさんが到着してから二軒目に流れ、しばらくしてから、せいまさん脱落。二軒目を出たところでセガミさんとワトソンさんが帰ってしまい、残った5人でゲーセンに行ってタイピングゲームで勝負しました。結果、私がンタロウさんに負け、アホガメさんがヒロタシさんに負けました。アホガメさんとはいい勝負ができたかも。今度直接対決しましょう。ヒロタシさんが圧倒的に強かったです。ちあきさんの腕前も見たかったなー。

最後はアホガメさんとサシで飲みました。私はシャイで書けないので、他力本願寺にお参りにいきます。アホガメさん、皆さんの希望に沿うように適当に脚色して書いてください。でもホント時間が足りませんでしたよぅ! 私の方ももっと聞きたいことあったのに。てか私すごく調子に乗っていましたよね、ごめんなさい。参加メンバーの皆さんも、懲りないでよろしくしてやってください。すごく楽しかったです、ありがとうございました。

それにしても私の日記がほのぼのだとか癒されるだとかってのは意外だなぁ。自称毒舌系なのに。

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