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2003.10.31

結局昨日は更新できなくて、今朝「よく分かんないけど、パスワードも初期化するのでやり直して?」ってメールが届いてた。メンドくさいなぁ、もう。とゆワケで、2日分更新してます。

ひーこさんの10/30付の絵日記を見て、「ああこうゆうマスターは最悪だなあ」と深く共感。常連さんと馴れ合いすぎてる店って、常連さんにとっちゃ“イイ店”なのだろうけど、一見の客が疎外されるよね。注文もなかなか取りにきてくれなかったりするし、来てもなおざりだったりするし、こっちも声かけるのに話の切れ目を待ってしまったりして。お客さまは神さまだとばかりに威張り散らす客もキライだけど(←これを掲げるべきなのは客じゃなくて店の側でしょう)、こんな場合には「なぜ客の私が気を使わなきゃいけないんだ」とムカつく。話をするなとは言わないが、そゆのは全ての客へのサービスをしっかりやった上で、余力でやって欲しい。お喋りするときも、他の客の邪魔にならないトーンに押さえるのは、もうこれ基本でしょ!

反対に、身ぎれいでカウンターの中にぴっと背筋を伸ばして静かに立っていて、でもちゃんと客にさりげなく眼を配っていて、い〜いタイミングでサービスをするマスターってのはステキです。声をかけるのにも、ちゃんとこっちのタイミングを計ってくれるような。手にした文庫本も忘れてじーっと見惚れてしまったりするくらい動作の美しい人も、たまにだけど、いる。あ、バーテンダーも同じタイプのが好き。「何のむ〜? どんなのが好み? リストになくても作ってあげるよ〜」ってノリのも、こっちが話す気分なときは悪くないけど、やっぱ基本は『男は寡黙なバーテンダー』(by森脇真末味さん)でしょう。金子みたく愛想なくて怖いくらいでも全然オッケー。それから、本物見たコトないけど、執事もそゆのがイイ。アシモフの『黒後家蜘蛛の会』のヘンリーは給仕だったっけ? それからこれもフィクションでしか知らないけど、英国紳士が行く会員限定クラブ(女性お断り)の…何て言うの? 管理人? あれも同じタイプじゃなきゃダメ。あら、何だか妄想入ってきたわ。

まとめると「1.背筋が伸びている。2.動作、とくに指先が美しい。3.身ぎれいで、制服かそれに準じた服装。4.黙っていられる。5.毅然としている。6.見てないようで見ている。7.実は「全て知ってますよふふふ」なくせに、自分からは言わない(←これはフィクションオンリー。現実に周りに居たらイヤ)。」って感じでしょうか。あー、あと男じゃなきゃダメ。ここに挙げた条件を満たす女性もそれはそれでカッコいいけど、違うカテゴリに入っちゃうから…と、ココまで書いてて思ったけど、何熱く語ってるんだ私。ふと「これが萌えってもんなのかしら」とか考えてるし。執事萌え。

2003.10.30

こないだ、私がとある知人の恋愛話を披露したのをキッカケに、聞いてた2人が「情けない男が多いよね!」「優しいってより優柔不断なんだよ!」「何がやりたいのかハッキリさせろっての」と、急にエキサイトし始めたんだけど……何かあったのか2人とも。←まあ私も参加してたけど。つか見回せばゴロゴロいるんだわ。鴻上さんのエッセイにもあった気が。「経験の浅い若手役者が下手なのは男女おんなじだけど、女がダメ出しに喰らいついてくるのに対して男はショボンとしちゃう」とかそんな感じで。私もときどき思うわ。なぜ一度ダメだと言われて引くのかなー、もう一押ししろよ、と。何なんだろ、あれは。シツコイ男だと思われるのが怖いのかしら…って具体例あげないとどうゆう状況指してゆってんだか分かんないですよね、すみません。そういえば旅行中に友達の1人を「置屋のばばあみたいだ」と思ったんだけど、なんでそんな風に思ったんだっけ。うーん、旅行記は記憶の新しいウチに書かなきゃな。って何が「そういえば」なんだかねー。あと「今どきの若い男がうんちゃらかんちゃら」って話を、24〜5の男を想像しながら聞いていたんだけど、ふと「それって何歳くらいの人たち?」って尋ねたら、「34歳くらい」と言われてひょえーとなった。あなたから見たら年下でも私には年上じゃんよー。そんな私の行き先を叩いて潰すような真似は止めてくれよぅ。

えーっと、何を書く気だったんだっけ。ゴメンなさい、暴力的な睡魔に襲われているのです。眠い眠い眠い。ので推敲もせず思いつくまま打ちました。たまには混沌としたアタマの中をそのままに。

………と思ってUPしようと思ったらサーバのトラブルらしくてUPできなかったの。混沌としてちゃいけなかったのかしらね? バチ? バツ? 何の?…あとでも1度試してみます。

2003.10.29

こないだ友人宅に泊まりに行ったとき、就寝前に貸してもらった『だめんず・うぉ〜か〜』をぱらぱらとめくってみた(初読)。私の周りにはこうゆう恋愛をしてる人がいないから、「ふーん、半分がネタだとしてもスゴイなあ」ぐらいしか思わなかったんだけど、1巻だか2巻だかに載っている「義経の転生だという初対面の男に『お前は巴の生まれ変わりだ』と迫られ、つい勢いに呑まれてワケもわからないままヤッてしまったり家に連れていったりしてしまったのだけど、後から調べてみたら巴御前の恋人は義経じゃなくて義仲だった」 ってネタがあって、これだけには不覚にも大笑いしてしまった。オチまでついているんだもの、堪りません。作り話でも大好きだこのエピソード。

さて、運転以外の旅日記をば。初日は前述のように買物と掃除に費やし、夜は免許を持っていない1人に「私らは運転がんばるんだから、美味しい思いをさせてよー」と、料理を強要した。私ともう1人がペーパードライバーなら、彼女はペーパークックなのだ。つまり「料理はほとんどしない。けどレシピと首っぴきなら作れなくもない」人なのである。この人に料理をやらせるとアシスタントが大変なのだが、その大変さを補って余りあるくらい面白い思いをさせてもらえる。この日は以前からリクエストしていた、手ごねハンバーグに挑戦してもらった。

ハンバーグで何をどう失敗するのだろう…と思うが、ずばり、成形である。ちょっとタネが緩めではあったのだが、手の上で形を作ったのを皿の上に落として台無しにし、「大丈夫、フライパンに入れるとき整えればイイから」と言っているのに、油はねが怖くてフライパンに投げ入れるのでまたぐちゃぐちゃに。そのたびに笑い転げ、口出しし、最終的には自分も食べるので手出しもして、賑やかに料理は続く。旅行は自炊に限るよ、ホント。あ、ちなみに彼女が作ったのはハンバーグの本体だけ。ハンバーグにかけるきのこのソースとあっさりスープと炊き込みご飯は、私ともう1人で担当しました。いつか、彼女一人にフルコースを作ってもらうのが私らの野望なのである。

次の日の軽登山は、茶臼岳に。栃木に来るたびに、この山に繋がる峰にある茶屋までは登っているのだ(んでその先の三斗小屋に行ったりする)。この日は珍しく風が穏やかで、茶屋まではめっちゃ楽に登ってしまった。…体重が少し軽くなったらかしら? それともダイビングで体力ついているのかしら。ダイビングってそんなに筋力使ってる気はしないんだけどなあ。「今回は軽く歩くだけにしておこうね」と事前に打ち合わせしていたので、誰もちゃんとした登山靴は履いていなかったのだけど、あまりにあっさり茶屋についてしまったので「朝日岳(茶屋から登山ルートがのびている)行く?」とその場で決定。無理せず行けるところまで、ってコトで歩き出す。


左:しっかり冬の景色の茶臼。 右:雲海の水平線。

しかしこっからが大変だった。遠くはないのだ。茶屋から山頂は見えているし、1時間ちょっとで行けるだろう。けど途中に「ここから難路。装備と体力は充分ですか?」という看板があるくらいで、ちょっと急な岩場が続く。おまけに雪解け水で道がぬかるんでいる(ビックリしたが、所々に雪がもう積もっていた)。それでも好天であるか、装備が充分であったなら問題なく山頂まで行けたのだろうが、半分ほど進んだ辺りですーっと雲がおりてきた。予報では天気は下り坂。雨が降ってきたら惨めな思いをする羽目に陥るかもしれない。それはヤダ。あっさり登頂を断念して引き返すコトにした。ところで、ターニングポイントで「今日はここが頂上ってコトで」と言っていたら、通りすがりに「ここは頂上じゃないよ」と言ってきたおじさん。…わかってるよ!

そいえば、引き返すかどうか相談してるときに「この先は滑りやすいから、その靴だと止めた方がいいよ」と声をかけてくれたおじさんもいたわ。山だと色んなん人によく声をかけてもらうなあ。しかも親切な人が多く、ありがたいこってす。でも、せっかくだから私も愛想よくしようと思って、すれ違った男性に「こんにちは」と言ったらプッと吹き出されてしまったのである。ナゼ! と一瞬思ったが、ただ単にそのときシェークスピアの話をしていて、『マクベス』って題名が思い出せなくて、「あれよあれ! ほら、手が、手が血だらけええこんにちは」と言ったからであった。話に夢中になっていたので(←中年女性の山の事故が多いのはこのせいらしいですな)、手が血だらけと言った瞬間まで、向こうからやってくる人に気付いてなかったのである。ちゃんと前を見て歩こう。

この後はお弁当を食べて宿泊所に戻ったのだが、まだ時間が早かったので、近所を散策しに出かけた。と、グラウンドがあった。誰も使っていない、だだっ広いグラウンド。で、ここからが我ながら動機不明なのだけど、グラウンドを見た瞬間に走りたくなってしまったのだ。だから、走った。競争しながら1周。その後、たらたらと4周。計5周。1人は2周でリタイアしたのだが、彼女に「同年代の人が意味もなくあんなに走るの見るの久しぶり…」と言われ、更にグラウンド脇でお喋りしていた高校生のグループにも奇異な目で見られてしまった。でも私は「ゆっくりなら意外とまだ走れるもんだなー」と、少し嬉しかった。次の日は筋肉痛になったけど。

最終日は最高の天気だった。朝食後は休日の贅沢、昼風呂。宿泊所の周囲には雑木林がまだ残っているので、明るいときに窓を開けて入るととっても気持ちイイ。冴えた月を見ながらってのも、捨てがたいけどね。あとは「なんでこんな日に帰らなきゃいけないんだ」と嘆きながら、掃除をし、戸締りをし、ダムへ向かう。ダムは水量がなかったのが残念だったな。放水してればもっと見応えあったろうに。今度は雪融け水で潤った、新緑の季節にでも行ってみたい。そして、レンタカーを返し、新幹線で帰京。旅行が終わるときはいつも、ちょっと寂しい。

2003.10.27

友人2人と栃木に遊びに行ってきた。別名、運転合宿。限りなくペーパーに近い私ともう1人が相手に運転を押し付けあいながらレンタカーで山道を運転しまくる、無謀旅行である。初日、駅レンタカーで予約してあったプレオに乗り込み走り出そうとしたところで、さっそく最初のトラブル勃発。サイドブレーキがどこにあるのか、どうやって解除してイイのかわからない! 「コレじゃない?」「いやアッチじゃん?」と揉めていると、私らの車が道を塞いでいるので業を煮やした兄ちゃんが「すぐに出るんですか?(出ないならどいてください!)」と言いにきた。すみません、私らも出たいのは山々なんですが…と待ってもらって、営業所のおじちゃんに聞きにゆき、やっと出発。敷地を出るところでウィンカーと間違ってワイパーを動かす友人。うーむ、先が思いやられるぞ。

途中で食料の買出しと昼食を済ませ、一旦宿泊所に入り、ざっと掃除をしてから近くの牧場へ。ここで売っている牛乳やヨーグルトは美味いのだ(そして高いのだが、旅では財布の紐も緩むものさ)。しかし行きの道で事故車に遭遇。おじさんおばさんが車を止めてウロチョロしていたので、「何してんのよ、こんなトコロで」と文句を言いつつ行き過ぎたら、助手席の友人が「事故だよ! 車の前がぐちゃぐちゃになってた!」。…ま、マジですか。ハンドルを握ると途端に小さくなる私の心臓が、さらにググッと萎縮する。怪我人はいないようだったので牧場で買物をしているうちに忘れかけたのだけれども、帰路では警察が到着して交通整理を始めていた。運転してるときに見る警官は、「ここで交通違反をしたらすぐに捕まる!」とドキドキしちゃうので心臓に悪い。

次の日は軽登山。登山口までは、急カーブの続く山道である。田舎で山道には免疫のある私だけれども、同じような山道でも先の見当がつかないとやはり怖いのだと思い知った。「ひーっ、怖いよ〜」と弱気な悲鳴をあげ続ける私に、友人たちは「大丈夫っ、行けーっ」と無責任に煽ってくる。助手席に移った途端に豹変するんだから堪らない。紅葉の見頃ってコトで(実際は終わりかけていたけど)山に向かう車は多く、駐車場もほぼいっぱいだった。係員が「○○の駐車場、いっぱいでーす」「××も順番待ちー」「下り車線の駐車場に並んで〜」と拡声器を使ってがなっているのを聞いていると、「こんな状態で駐車できるかしら…」と不安が募ってくる。

案の定、登山口に一番近い駐車場に空いているスペースは少なかったが、ちょうど出ようとしていた車があったので、その近くで待ち構えてスペースを確保。軽なのに一度で入れられず切り返ししなくちゃいけなくて、でもどんどん車が入ってきて待っててくれなくて切り返しもできなくて焦って半泣きになったけど、やっと車を止めてくれるドライバーが現れてその隙になんとか駐車した。せっかく譲ってもらったのに「早くしなくちゃ」と焦ってしまってお礼も言えなかったのが心残りだ。おまけに思いっきり斜めに入ってしまったし。でもそこでやり直す気力はなく、「枠内に入っているし、両側の車も出られるし、イイよね!!!」と強引にOKを取り付ける。斜めに停まった車は遠目でも目立って恥ずかしかったけど、今の私にこれ以上を求めても無理。

帰りは友人にバトンタッチ。しかし彼女の運転もまた危ない。私はノミの心臓になってしまうのだけど、彼女はハンドルを握ると「運転は攻めだ!」モードに入ってしまうのだ。駐車場から出てすぐのカーブで反対車線に大きくはみ出したときにはどうしようかと思ったよ。あれ、タイミングが悪かったらぶつかっていたと思うなあ。対向車にクラクション鳴らされたもの。きっとすれ違った後「だから女の運転はよー」と文句言われていたに違いない。つか言われていても仕方ない。そんななのに「怖い〜」と言いつつアクセルを踏み込む神経がお姉さんには分かりません。行きは運転に集中してて紅葉を眺められなかったので、帰りは見ようと思っていたのに、助手席でもドキドキして「もっとゆっくり!」「まだ曲がりきれてないよ〜。スピード落として!」と忙しくて、見てる暇ないじゃないのよぅ。


無謀運転で疲れ果てた精神を慰めてくれるのは、宿泊所の庭に咲き乱れていた竜胆だけ。全部野生だそうで、とても美しかった!

最終日は無謀にもまた山道に挑戦。紅葉が楽しめるというダムに向かう。後続車に道を譲るのは日常茶飯事ってくらいトロい私の運転だが、途中、おじいちゃんの運転するもっとトロい車に出会った。こうなってくれると「いくらトロくても私の責任じゃないもんねー」と思えるので、気が楽だ。「いいよいいよ。追い上げたりしないからゆっくり行って、ゆっくり」としばらく2台でトロトロ走っていたが、その後ろに車の列が出来てしまい、さすがに気付いたおじいちゃんに道を譲られてしまってガックリ。えーん、そのままゆったり行きたかったのにー。しかしおじいちゃんの運転するあの車、上り坂なのにずっとブレーキランプが点きっぱなしだったけど、どうなっていたんだろう。「サイドブレーキかけたまま走ってるんじゃない?」と友人が言うので、「走るの、それで? 走っても音がスゴイんじゃない?」と聞いたら、やたら自信たっぷりに「走るし、音もそんなにしないよ」と答えられてしまった。「だって私、こないだやったもん」だそうだ。………コメントは、控えよう。


…全然、知らなかったんですが、実は心霊スポットとして有名なんですってね…。知らなくてよかった、無事で帰ってこれてよかった、と聞いたとき胸を撫でおろしました。

最初から最後まで気を張りっぱなしだったが、何とか事故は起こさずに車を返すコトができたので、一応、有意義だった…かなあ。車あると行動範囲広がるし荷物は積めるし楽なんだけど、ああ、心臓に悪すぎる。免許を持ってない1人は「別に怖くなかったよー」と呑気なもんだが、それはずっと後部座席にいたからだと思うの。あと運転を知らないから。旅の様子を別の友人に携帯メールで送って「今度助手席譲りましょうか?」と書いたら、1秒後に「やだ」と即答メールが返ってくるんだもの〜。私らペーパーズは、もっともっと修行が必要だと痛感してます。

2003.10.23

←こんな感じの、安っぽい、ビニール製のがま口が欲しい。手のひらに収まるくらいのサイズで、口だけ金属でぱかっと開いて、微妙にマチがついてて、中身が見えて、子供が書いたみたいなヒマワリか何かがプリントされているような。100円ショップででも見つかりそうなものなのに、これがなかなか置いてないのだ。100円ショップで売るにも安っぽすぎるからかしら…。安っぽいトコがイイのになあ。

ところで最近、思い当たる理由もないのに体重が減っている。多少体重が減っても減ったとは気付かれない丸顔の私が、久々に会った複数の人から「痩せたんじゃない?」と言われるくらい。ウチの親など「骨ばってる」とまで言った。どうでもイイけど、ウチの親は言葉を飾るってコトを知らない。痩せたとかスマートになったとかほっそりしたとか、いくらでも言い様はあるだろうに。私がNZに行って激太りしたときなんか「背中に脂がぶりぶり乗ってる」と言いやがったのだヤツらは!………イヤ。ぶりぶり、とまでは言わなかったか。でもニュアンスはそんな感じだった。

余談だが私はニュアンスを伝えようとするときに、こうやって余計な言葉を付け加えちゃうコトがよくあるようだ。以前、ダイビングのウェットスーツをフルオーダーで作ったときの説明を気持ちよくしていて、「セミオーダーならもっと安いんだけど、女性用のだと私の身長をカバーできなかったの。男性用のなら余裕であったんだけどさ、店員さんに聞いたら『いくら胸がなかろうが、ウェストがくびれていなかろうが、男性と女性では体格が違いますから…』って言われちゃって」と口にしたら、相手がギョッとした顔をして「そんなコト言う店員さんいるの!?」と聞いてきて、今度はこっちがビックリした。このときも無意識で話していたんだが、ちゃんと思い返してみると、もちろん事実は違った。私が「男性用のじゃダメですかねー」と聞いて、店員さんが私の体にチラッと目を走らせた後、「それでも、男性と女性じゃ体格が違いますから」と言っただけだった。でも、その視線と「それでも」の一言のニュアンスを表現するなら、上記の強調部分になるのだよ明智くん。更に余談だが、こないだリゾート用に2mmのウェットスーツを買った。温かい海用なので体にフィットする必要もないと思い、女性用Lの既製品を買ったのだけど、そしたら胸だけが余ってしまって悲しいやら悔しいやら…。

……何でこう話が脱線するのだ。体重の話をしていたのではなかったか。そう、体重。落ちてくれるのは当然嬉しい。けど、何もしてる自覚がないのに減ってしまうとなると、ちょっと微妙だ。どこか壊れているのだろうか。…いや、別に体調も悪くないし、病的に痩せてるって状態には程遠い。昔より胃が小さくなっているのは自覚しているが、最近更に小さくなったワケじゃないし、人並みには食べている。運動をしてるワケじゃないし、怪しげなダイエット薬を試しているワケじゃないし、叶わぬ恋に胸を焦がしているワケじゃないし、呪いのかかったパイを食べた覚えはないし……。うーん。今のトコ、気になってた部分が落ちてる状態なのでこのままキープをしたいのだけれど、原因がわからないままだと何をどうしていればキープできるのか分からないではないか。

てゆうワケで、途方に暮れております。まあ理由も分からず太るよりマシか。

2003.10.22

「私らって、高校生の頃には夕食つくったりしてたよね?」「いや、中学生のときにはもう料理してたよ」というやり取りを、こないだ母とした。最近の子は(かなり年下のイトコども)自力でなんにもできなくて情けない、という話の流れだ。「ついあんたたちを基準に考えちゃうから、他の家の話を聞くと『えっその年でまだそんなコトもできないの!?』ってビックリしちゃうんだよね」と言われ、一瞬得意になりかけたのだが、そのとき脳裏にフラッシュバックしてきたのはあまりに情けない記憶であった。人間誰しも失敗を乗り越えて大きくなるんである。…あるのだが。

思い返してみると、私は小さい頃から料理やお菓子作りが好きだった。10歳になる前にほぼ自力でクッキーを焼いていたし、料理の手伝いもちょくちょくやっていたので、かなり早くに包丁も扱えるようになっていた(…なのにナゼ最近ケガが多いんだろう…)。高校で臨時に金が必要になったときなど、日曜市に手作りパンやケーキ等を持っていって売っていたくらいである。これは毎週全部売れてくれたので、いい収入になった。今でも料理は好きだし、好きでよかった得してる、と思っているこんな趣味嗜好の私だから、思いがけない両親の留守に「よっしゃ。じゃあ帰ってきたときに目の前に私の作った料理を並べて、いっちょビックリさせてやろう」と思ったのは当然であったろう。ちなみに私はそのとき10歳だか11歳だかであった。

両親はたしか1泊で出かけたのであった。寒い季節だった。私は野菜のいっぱい入ったスープを作ろうと思った。細かく切って、ずっとストーブに乗せておいて、野菜が煮崩れて形がなくなるくらいまでトロトロ煮た、あったかいスープを作ろうと思った。今思えば、私はポタージュを作りたかったのだと思われる。他のメニューは忘れてしまった。きっとご飯くらいは炊いたろう。スープの中身も覚えていない。ただ季節からして、ウチの野菜かごはあまり豊かじゃなかったと思う。自力で買いに行ける距離に店などない。家にあるもので何とかするしかなかった。玉ねぎと、人参と、せいぜい何かの葉モノ。…肉っけは入れたのだろうか。何かダシが出るものがなくちゃしょうがないと思うのだが……まあ、料理好きとはいっても所詮子供なのである。入れなかったかもしれない。確実に入れたのを覚えているのは大根であった。大根。ポタージュに大根。何を考えていたのだワタシ。

野菜は、なかなか煮崩れてくれなかった。ニ日と一晩煮たのに、トロけてくれなかった。最初の頃は頻繁に鍋の中を覗き込み、かき回し、水分を足していた私であったが、両親が実際に帰ってくる時間になると、他の用意(ご飯とか)もあったので、スープばかりにかまけてはいられなくなった。さていよいよ両親が帰宅した。母は私が手塩にかけた鍋を覗き、嬉しそうに言った。「スゴイ! 煮物を作ってくれたんだね!」。……煮物? 私は煮物など作らなかった。ナゼ母はスープを煮物と言うのか。私は母の後ろから鍋を覗きこんだ。すっかり水分が蒸発し、焦げかけて茶色くなっている大根と人参(玉ねぎと葉っぱは見えなくなっていた)。それは正に煮物でしかなかった。

上品なスープ(大根入りの)を作るつもりだったのに、それがダサイ煮物になってしまった。あまりに現実的で夢が破れたとしか言いようのない結末で、作るはずだったトロリとしたスープとか、茶色い野菜の固まり(醤油も入れていないのに!)とか、褒められたかったとか、成功したかったとか、もう言いようのない感情が押し寄せてきて、私はわっと泣き出した。「ちっ…ちが…っ。煮物じゃなっ…醤油入れてないっ…スープが…えぐっ…ああああーんっ」。母はさぞかしビックリしたコトだろう。疲れて帰ってきたのに気の毒に。その後私をなだめ、事情を聞き出し、「大丈夫だよ、食べられるよ」と鍋の始末をしてくれた。水分のないスープは、醤油で味付けられ、ホントの煮物になってしまった。

これが、私の記憶する限り「自力で全部やった(やろうとした)初めての料理」である。

あーーーーー、今日のは書いてて、めちゃくちゃ恥ずかしかったあぁぁぁっ。

2003.10.21

ちょっと前に、ドナルド・E.ウェストレイクの『斧』を読了。これは56さんの書かれた書評で興味をひかれ、ずいぶん前に“読む本リスト”に追加したものでした。先にリンク先を読んでいただければ分かるのですが、56さん、褒めておられません。どころか「キライ」と明言されています。なにもワザワザそんなものに手を伸ばさなくてもイイんですが、ダメと書いてあればあるだけ「どんな風にダメなのかしら」と自分の目で確かめたくなってしまうって性質が私にはありまして、おかげで「ああやっぱ言われてたとおりダメだった、時間を無駄にした」って読書には事欠きません。これぞ自業自得。

とはいえ、私だって伊達に長いコトそんな性質と共に生きてきたワケじゃありません。書評を読んだ段階で、その書評に同調できるかどうか、だいたいの見当はつくのです。で、56さんの書評を読んだときには「ああ、この引っかかりは分からないかも。共有できないかも」とちょっと不安になりました(56さんの書評が好きなので、できたら同調したかったのです)。でも、でも私……くだらない話が好きなんです…っ! ロバート・L・フィッシュのパロディものに大喜びし、シャーロット・マクラウド(別名アリサ・クレイグ)やジル・チャーチルのユーモアミステリを愛読書にしているんです。ああ、ひょっとしたらアーロン・エルキンズもユーモアミステリに入るのかしら。そしたら全滅じゃないの。どうせ私のアタマはギャグ仕様なのよ。真摯に本に向き合うような心がけは持ち合わせていないのよ。いーもんいーもん。それはいーけど、私の愛する本たちが私の信用する本読みさんにこうやって評されていたらツライなあ…と、自分が書くときのコトは棚に上げまくって考えていたんです。

でも、『斧』を読んでみたら、全然予想とは違いました。「面白い〜、笑える〜。何でこれがダメなの?」じゃなくて、「え…どこで笑うの?」。笑いドコロは認識できて、「でも笑えないよ、これじゃ」でさえない。“笑かし部分”がどこにあるのかわからない。がーん。わ、私ってばギャグものばっか読みすぎて、笑いに対して鈍感になっているのかしら。不感症かしら。これが、ブラックユーモアなの? 後書きにもそう書いてあったけど……じゃ、じゃあ私が今まで「ユーモアミステリ」とカテゴライズしてたのは、何ていうんだろう…。設定がブラックユーモアだと言われれば「ああ、まあねえ〜」と思うけど、それ以外は分からない〜〜っ。ちょっとびっくりで、なんだかちょっとショックでした。

あ? 話の感想? 「ふーん、ふんふん」で終わります。先が気になったりハラハラしたりはできませんが、それなりに楽しみました。主人公が「これしか解決法はないんだ」と思いつめて他の可能性を全部捨ててしまうトコロとか、一応いろいろ考えているくせに大事な部分ですこーんと抜けていたりするトコロとか、リアル。いかにも、リストラにあって追い詰められた(と思い込んでいる)中年男性で、今の時代だと「こんな人、現実にいそうだなあ」と思っちゃう。あ、ラストは甘いです。(ネタバレ→奥さんとは破綻した方がリアルだったと思います。カウンセリングでの台詞からして、奥さんはもっと敏感な人なんじゃないの? 彼には奥さんが何を求めているのか、本当には伝わっていなかったのだから、その後いくら表面を取り繕ったトコロで彼女を納得させられたとは思えないんだけどなー。買いかぶりすぎたかしら。)

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